72.頼るもの縋るものを持たないで生きられるほど人は強くないとか
49日も過ぎたし、まあ、問題があったら消せばいいかという話。許されない内容ならば運営が消すだろう。
僕の親族にもカルト教団にハマってしまった者がいる。壺×××万てガセじゃないんなって。それのために他県から都内の本部まで行ったって。
昔、「親戚」から一度だけ聞いた話。20年以上昔のことだ。
「親戚」がお子さんを脱退させるまでに相当な苦労があったらしい。
連れ戻しても勝手に行ってしまうとか、数人がかりで迎えにくるとか、幹部の地位があるから来ないと他の信者が困るとか、しばらく音沙汰もないし本人も客観的になったから大丈夫だろうと思っていたら偶然を装って繋がりを持たせてきたとか。他にも何かやり口を聞いたがここに書くのはやめておく。
かかった費用が「ここに書くとわりと引かれる額」とも聞かされた。当たったラノベ作家の作品収入くらいだろうか。「親戚」がサラリーマン時代に稼いだ貯金も使い、土地とか売り払って、自宅も縮小し、それでなんとか工面したと。
そこまでの苦労を親族の誰にも漏らさず助力も求めず、事が終わるまで全部抱えていたことを思うと、まさに「畏敬の念」という言葉以外になかった。「親戚」とは年に1、2度しか会う機会はなかったが、そんな負い目を持つ方だとは一瞬たりとも思ったことも思わされることも、想像しなかったのだ。
当事者である息子さんとお会いすることが一度だけあった。勿論その頃には教団からは完全に離れている状態だった。その時に、ちょっと、「とても澄んだ瞳です」とか「純粋な心をお持ちなんですね」とか、本当に教団から縁が切れてたのかどうかわからないことを言われたのを憶えている。占い師とかスピリチュアルな人によく言われてたので聞き慣れたものであったが。
そしてご本人は病気であっさりお亡くなりになった。今の僕(40代前半)と大差ない年齢で病になってだ。「親戚」の心労を慮れば何も言えることはない。彼は何を信じ、何を祈っていたのだろう。
ちなみにおまけとして書くと、僕には別の宗教団体の嫁を持ったためにハマらざるえなくなった親戚もいる。当人は違うんだけど、色々と、面倒よねって。これはただの愚痴。もう10年はお会いしていないのだけど。




