70.動物の動画は好きだがペット動画は見ない
僕の好きな有名な言葉の1つに、
『国の偉大さと道徳的発展は、その国における動物のあつかい方でわかる』
というものがあった。
ガンジーの言葉ということらしいが、そうではないという意見もネットで見つけられる。真偽の鑑定は専門家にお任せする。
現在の日本での動物の扱い方はどうか? 未だに悪質なブリーダーがニュースになったりする。本来は日本の固有種でない生き物が売買されている。売られた外来種が野に放たれたり逃げ出したりで生態系にも人の生活にも影響を及ぼしている。
この状態は、果たして良いのか悪いのか。
動物というものは人間とは違うルールで生きているものだ。それを人間が一方的にコントロールしておいて、保護だなんだとのたまう姿勢は大変傲慢な態度ではなかろうか。
野生動物の素晴らしさとは、自然の理≪ことわり≫以外の何にも縛られていない状態、つまり自由の姿を持っていることだ。文明を発展させて、元来の自由を喪失してきた人類のみが、大自然に「命の輝き」や「畏敬の念」といったセンチメンタルを見い出している。他の生物が持っていないであろう価値観だ。
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実家の前の道路は、多くのペットの散歩ルートになっている。
近年(10年前後)、ペットの不始末を多く見かけるようになった。引っ越しなどで外≪よそ≫からの人が多くなったからかもしれない。
当然のように人様の家の塀に犬が尿をかけていたり、電柱にかかった尿を水で流していかなかったり、糞の片づけもされていなかったり、そんな所を多く見かけるようになった。実家の塀も何度か被害にあっている。
別にペット批判というわけではない。僕の家でも昔はペットがいた。犬と猫を合わせて5匹。僕が猫アレルギーを持って生まれてしまったことを除けば、何も問題はなかった。喘息はあったし鼻炎も起こしたし皮膚の荒れも起きたが、猫を嫌いになったりはしていない。アレルギーは僕の問題であって、猫に責任もなければ非なんてない。
今では庭で野良猫たちが縄張り争いをして騒いでいても、マーキングの為におしっこをしまくって臭っていても、野良猫のやることなので「困るなぁ」となっても怒るほどのことではないと思っている。いや怒ってもいるけどそんなでもないというか。
あくまでも「野良猫」のやることだから何も文句が出ないだけだ。ペットの行為は飼い主に責任が生じるが、自然の生き物に責任は問えない。動物を飼う側の意識が時代の変遷とともに成長できないのならば飼うなよと思っているだけだ。そもそもね、今だとほとんど多くの場所では室内飼いが基本だろうに。
あと念のために書いておくが、野良猫にエサをやるとか触れようとするとか、そういった行動もしない。僕の勝手で野良猫の行動に関わってはいけない、ただそういう判断なだけだ。(生命の危機に瀕しているような状態であれば、助けるかもしれないが)
僕の判断の基準として「何らかの意志が介在しているかどうか」ということが重要になる。人の意志は既に自然から離されたものだ。だから介入すれば不自然となる。
これは別に僕独自の価値観で書いている話でもない。
交通死亡事故でそこに意志(意図)があれば過失以上の罪になり、ブームの裏に企業のネット工作会社が関わっていればステマになって、株価の乱高下の影で何らかの情報誘導を行えば不正操作に問われる。
といったように、多くの場所で用いられている視点であったりもする。その視点を他のシチュエーションでも持っているかどうか、ということ。




