69.成人式を必要とする感性ではなかった
書いてそのままだったやつ。
なぜ未だに「成人式」が行われているのか? という疑問よりも、現代の若者が喜んで参加しているということにちょっと驚きがある。
今の子も昔の子(今の中年老年)と本質的な行動原理はたいして変わってないんだな、と。そういうことがよくわかる。
もう20年以上昔になるが、僕にも「成人式」の時期があった。
無論、僕は「成人式」には行っていない。
仔細は書かないがもっと違う場所にいた。前日に騒ぎ過ぎて問題を起こして確保されるという輩は、わりとよくいるようだ。(ネットを見た印象)
それはさておき。
現在(2022年1月下旬)もコロナの爆発的流行に歯止めが効かない状態であった。にも関わらず、「成人式」という人を密集させるイベントを行政が行う必要とはいったいなんだったのか。僕には癒着、もといお金を循環させるためくらいしか想像がつかない。
若者(20歳になる子ら)が尊敬をする、憧れる、カリスマとする、そんな感じの人らは「成人式」に重きを置いているような人たちなのだろうか? インスタやtiktokで参加を呼び掛けたりとかしてたのかな。
僕は、いわゆる成功者とされる方々や、才に溢れていると感じる方々が、「成人式」を大層な行事だと仰られているインタビューや記事を見たことが無い。人生の節目でもターニングポイントでもないようだが。
いったい「成人式」のどこに若者を集める魅力があるのか? それも毎年。
目立ちたいだけなら違うタイミングのほうが効果的な日もあるだろうし、旧知の友と遭遇するのも他のもっと騒げる場所があるだろうし、「成人式はこの日しかない」的な意見を見たこともあるが毎日毎日がその日しかないのは当たり前である。
ついでに書く。
何がとは言わないが右や左というものが存在する。
はっきり言って「成人式」なんて国の都合で若者に号令をかけて動かしてと、全体主義の表れのようなものだ。にも関わらず、左な人がこんな行事を見過ごしていることにも違和感がある。
祝い事なれどそれを国や行政が主導する必要はあるのか? なぜこんな行事を看過するのか?
誰も言い出さないのかなと、毎年疑問に思っては、「どうでもいいか」となっていることの1つ。




