68.全人的苦痛的身体精神不健康中年
ベルギーとオランダでの安楽死が急速に増加しているという記事を見た。
安楽死は関心のある話題なので、「急速に増加」と書かれていてもあまりピンとこない。しかもコロナが関係ない2019年までだったようだ。言うほど急激か? となる。
安楽死を扱うような有名作品は、僕の知る限り日本では大ヒットしていない。海外のことは知らない。
野崎まど氏の『バビロン』で副産物的に、類似的な要素が扱われていたことが記憶の中で一番新しい。安楽死をテーマに扱っているらしい冲方氏の作品は読んでいないので何も書けない。橋田壽賀子さんの書籍も知らない。
安楽死について書いてみたいと考えてはみたものの、素人がWEBで書くには色々と恐い。下手なことを書いてしまえば、自死を肯定しているとも賛美しているとも取られかねない。僕が書けば高確率でそんなものになる。そうなれば「なろう」の規約違反、最悪法にすら触れる。プロが書いてくれるのを待つしかない。
日本国内において、ネット上では昔から(約20年前から)安楽死制度を望む声は多く見られた。そういう人が集まる場所ばかり見ていたせいで、そう思うのかもしれない。
今現在になっても、安楽死の制度化は、「表」で活発には議論されていない。将来的には考えなくてはならない懸案事項の1つであることを理解している議員が皆無、ではないことは一応知っている。
煩わしい手間もかからず、一切の苦痛もなく死ねるような制度か施設ができたら、いったいどれだけの人が利用したがるか? わりとよく考える疑問の1つだ。
調べたことがある人ならば知っているだろうが、誰にも迷惑のかからない死に場所などない。どんな場所でも死体が出れば確実に他者を(仕事とはいえ)巻きこむものだ。病院で老衰することくらいでしか、静かに死ぬことはできない。
苦痛を伴わない手段というのも、存在するかどうか不確定である。死んでしまった者からの意見は聞けない。一番精度が高そう(苦痛が無さそう)なのが、結局薬品投与など医療的に生命活動を停止させることだろう。
この先年老いて、今よりも身体も頭も動かなくなる前には、どうにか制度化してほしい。
と書くと、望み薄のような、淡い期待しかしていないような印象になるが、いつかは「安楽死」が制度化されるだろうと考えている。(少なくとも僕が、多くの安楽死を期待する人が望むような形では為されず、おそらくは尊厳死の延長か解釈の拡大化になるだろうが)
その方が人道的でもあるし合理的でもある、となる価値観の世の中に変わっていくだろう。現在のまま、なんらかの思想が先鋭的になればやがてそう行き着く、はず。
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海外での安楽死施設にかかる費用は70万から200万くらいだと、検索したら出てきた。日本で行うなら、2倍かそれ以上かかるようになるだろうか。一定数の「希望者」の事が済んで利用者が居なくなってしまえば、「安楽死」は税収(あるいは「ビジネス」)の一端として見込めなくなるので、吹っかけるような金額もありえる。
安楽死が合法化されても、貧困を起因とした理由で死しか選べない者には縁の無い制度になりそうだ。そうなると安楽死のために貯金をする人なんかも出てくるのだろう。なんのために働いて生きていくのか。本末転倒か。
そんな妄想。
一昨日昨日と書いていたら、今朝のニュース(AFPBB)でスペインが合法の国になったことを知った。
日本が変わるにはまだ時間がかかる。人口減少が移住者で解決するまではないだろうけど。




