66.自分の「ゲーム離れ」はいつからだったか
switchでコンシューマーゲームをやりだしたおじさん。
最近まで『あつ森』(あつまれ どうぶつの森)にハマっていた。
そのおかげで「どうして自分がゲームから離れたか」を思い出した。
僕はポケモンのことを全くと言っていいほど知らない。
知っているのは「ピカチュウとサトシが旅をしている」「ケモナーが好むような二次創作絵がたくさんある」くらいだ。ポケモン関連のネタがあってもまったくわからない。
初代が発売された時点で「対象年齢ではない」というのも手を出さなかった理由の1つでもあるが、それ以上に当初からの「売り」が完全に僕の求めるものと違った。
今でもある「友達と一緒に楽しむ」的なやつだ。
赤、緑(後に青、黄)の1本を買っていてもポケモンは揃わない。
遊べる友達がいない者は十全に楽しむことができないという話。これが一番の理由である。
学生の時分では複数のGBとソフトを購入してまで、ということはできなかった。
今でこそ友人と呼べる相手は皆無だが、当時の僕には一応友達といえる者らはいた。けれど、その友人らがポケモンをやるタイプかどうかは別問題だ。
あの頃一緒にいた連中は家でゲームというよりも、ゲーセンでタバコくわえて片膝立ててスロットをうっているようなタイプだったり、日焼けロン毛のチャラついたタイプだったりの高校生であったので、ケーブル繋いで大人しくゲームなんて到底無理な話だった。
そんなわけで「友達と一緒に遊べる」というようなことを売りにするようなゲームには縁がなく、そういった物が流行るとそのままゲーム自体に関心を持てなくなっていった。
当時はCSよりもPCへの過渡期であったこともあるが。
さて、件の『あつ森』。
フレンドがいないと入手したい物が手に入らないということを最近知った(色違いの家具)。
おじさんは泣きかけた。泣きはしなかったが急速に冷めてしまった。
自分がゲームから離れていったことを思い出したのだ。マリカもスマブラもマルチだというのに。
遊び方が「選択」ではなく「必須」にされる。これはかなり重要な点だ。
ゲームに限らず書いていることであるが、大事なのは常に自分で選択できること。
オンラインゲームの「規約読んでからの同意にチェック」だってユーザーが自分で行う。気になる点があったらやらないですむ。フレンドの有無が重要ならば最初からやっていない。
とても残念な気分になった。ログインするだけのソシャゲのごとく、いつの間にか忘れている存在になるだろう。
MMOはハマれた。
最初から共通の目的というものを持った者たちが存在していたので協力者に困ることはなく、他者と合わせる気分じゃなければ独りでいてもよかった。今ではオンラインマルチがそういうことにあたる。
お互い初見の野良PTで手順が決まったクエストをこなしたときの、危うい連携を取れたときの、あの爽快感がMMOで一番楽しいときだった。
決まった面子で、仲間内だけでやっていたら飽きていただろうし、フレンドは増えなかったろう。
「『あつ森』だってSNSでいくらでもフレンドや遊ぶ相手を探せる」
と仰る方もいるだろう。
しかし、それはまったく別物だ。最初から公式に用意されている場所と個々人が外部ツールを用いた利用法とでは、「やらされている感」や「利便性」に加え、安全性や責任の所在も変わってくる。




