62.昔のジャンプやゲームよりも、今のほうがスマート
「昔のジャンプのほうが面白かった」
ウェブ巡回をしているとたまに見かけられる話題だ。
お恥ずかしい話だが、僕はいまだに毎週月曜はジャンプ(WJ)を買って読んでいる。30年くらいになるのではなかろうか。ジャンプ読み中年だ。
読まなかった回数は、ジャンプどころか飯も買えない、自分を見失って路上で眠る、布団から起き上がれないなどといった時期だけだった(と思う)。年間45冊出ていたとして45×30(年)の内、回数にして150回かそこらだろう。
終了してしまった『こち亀』が主な目的だったが、現在連載中の『ワンピース』『鬼滅』『チェンソー』『アクタージュ』『呪術』『ヒロアカ』『ネバラン』『Dr.STONE』、最近始まった『ミタマ』『AGRAVITY BOYS』、掲載作品はほぼ読んでいる。
今のジャンプが面白くないと思うことはない。読むものが増減することはあっても、大体面白い。短くはない人生で色々と、本当に色々と僕が求めるエンタメの嗜好は変わってきたが、それでもジャンプを外すことはなかった。
そんなジャンプおじさんから言わせてもらうと、昔のジャンプも今のジャンプもそんなに違いはない。
むしろ昔よりも今のほうが全体のクオリティは高いとすら思う。
現在に近いほど蓄積された情報量は多くなって手本や参考できるものは増えている。インターネットの普及によって漫画家の技術やノウハウ、(物語の)テンプレートといったものは誰でもが調べられるようになっているのだ。
過去よりも格段に上達しやすい環境に変化しているのだから、クオリティの平均が向上していても当然といえる。
不利な点をあげるなら、過去の作品が増えすぎて手垢がついていないと言えるようなテーマ、展開、設定、ネタ、そのどれもが皆無に近いから漫画で新しさを出すのはとても大変だろうなと。
環境の変化には不況と娯楽過多という売上低下に直結する問題もある。
昔はジャンプを買っても200円でお釣りがきたが、今では300円近い。毎週300円を現代の若者が払うだろうか? スマホをいじれば無料で気分が良くなれて他人と関われる享楽がいくらでもある時代なのに、わざわざお金を払って棄てる雑誌を買って自分を楽しませるだけの漫画を読まないだろう。
せいぜいが話題になってから関心をもつツール的な存在、あるいは他に選択肢がないときの暇潰しとしてしか見ていない。純粋に楽しむため漫画を読むような人は減っているだろう。
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ジャンプ以外にこうした過去の美化による中年層のマウントは、ゲームでよく見られる気がする。「昔のゲームのほうが面白かった」だ。
2年前にswitchを購入してコンシューマーゲームを始めた。それ以前はPSの時代まで遡らないと僕に家庭用ゲームの記憶はない。(VitaTVは間に合わせ的に買ったけど)
はっきり言って今のゲームのほうが操作していて楽しいと思える。驚くほど進化しているのを理解した。
グラフィックは勿論のことながら、UI周りやシステムがとにかく良くなっている。大体どこでもセーブ出来るとかキーコンフィングいじるとか、昔は当たり前ではなかった。
感動してしまうのが「感覚的に操作が出来る」こと。「なんとなくやってみたらなんとなく出来た」となるのはスマホの操作に近しいものがある。
取説なんて読めない、チュートリアルなんて長々付き合ってられない、複雑なシステムなんて理解できない、そういった層も取り込めてしまう。これは新しいことを覚えられないおっさんにも優しいものだった。
ファミコンとスーファミのソフトが遊べるようになったけれど、リアルタイムでやっていたソフトはどれもが動きがもっさりで、フレーム単位での処理・反応が鈍く、とてもじゃないが付き合っていられない(キャラがジャンプするだけで精一杯なのだから仕方なくはあるが)。過去の自分はよくやってられたものだなと。
アクションゲーなんて本質的なところでやっていることは今も昔も変わらないが、改良を積み重ねてきた現代の作品のほうがプレイしていて楽しくなる。
先に書いたが(エンタメ、サービス業に限らない話だけど)、後から出されるもののほうが出来が良くなる。色々な人があちこちでトライアルアンドエラーを繰り返してきた結果として今があるのだから当然とも言える。現在の失敗だって未来の糧に繋がっていく。これも「歴史に学ぶ」ということだろうか。




