52.ラノベの価格に対してのまとまらない話
アニメの円盤を買わない人も配信なら気安く購入する。
クレカを持てない層もプリペイドやスマホの一括支払いだと手を出し易い。
0円であっても、見られない・読まれない・手に取ってもらえない物も存在するという現実もある。
Web上では評価をされた商品が実際に販売してみれば、見込ほどいかないというケースは無料と有料との違いをスルーしてしまっている。「なろう」でのブクマもツイでのRT・ファボも無料の意見だ。お金を払ってくれる人間以外の意見を多分に含んでいるものであって、不純物だらけの水のようなものだ。
スパチャにしろ投げ銭にしろ、客個人が直接本人に投資できるこれらのパトロン的なシステムの本質的な利点は「商品(物・者)の価格(価値)を客が決めることができる」ことにある。重要なのは「中抜きがない」ではない。
「これなら100円くらい」「これには10kでも惜しくない」「自分に出せるのは1k」といったように、本人の価値観と状況で価格を決めさせることが可能だ。
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現在(2018年・夏)放映されているアニメで数作品ほど原作を読んでいるものがあった。
本屋で買うほどの関心はなかったが、無料と割引があったので読んでみるかとなったものだ(※電子書籍版です)。
今は594円と価格が戻っている某ラノベは昨年夏辺りであれば1巻が99円だった(出版社もアニメ化前で売れている印象を出したかったのだろうと、今なら理解できる)。
定価であったら買うことはなかった。100円だから買ったと言える。定価の状態ではそれほどの魅力を感じることがなかったが、その値段なら買ってもいいと、まあ損してもいいと思ったわけである。
ソシャゲのガチャ。
ガチャに価値がある人と、そうでない人がいる。その価値を客に決めさせていることが重要だ。(ガチャ欲を煽られていようと)あくまでも「本人の意志で選んだ」という事実があるのは「自分で価値を決めた」という意識を強くさせる。そうなるとその価値観を持つ自分を疑わないかぎり、同じような行動を取る。自分の言動を疑うかどうかは大人になってからも成長する人としない人との違いの1つでもあるものだろう。話が逸れたか。
これまでは売る側が価格を、価値を決める側だった。
虚業と呼ばれるような職種の人たちの中には自分たちが価値を作っている、売っていると勘違いしていた人たちもいたことだろう。だから商品の価値は客が決める時代となると売り手側はこれまで通りの商売をやりにくくなるのは間違いない。例はあげないられないが。
このあたりの、価値とは? 価値を決めるのは誰か? 価値の優位性・有意性は? となると面倒臭い話になるのでここまで。
芸術関係ではとうの昔に提起された問題でもあるので今更な話なのではとも。
主に価格的な理由でラノベは電子書籍でしか読まなくなった。
そもそも今の時代にまで、発売から時間が経っても書籍は値段が下がらないでいるというのがおかしな話じゃねえのかと基本的な疑問すら。




