46.料理に例える人はあまり料理をしない人ではないのか説を持っている
別に「料理に例えて」にいちゃもんをつけるわけではない。
ただ思うだけであるし、例えに料理を用いることをあまりしないようにはなっただけだ。
『料理はレシピ通りにやれば美味くできる』
という言い方はよく見かける(誇大表現)。
はっきり言うが、それが誰にでもできたら料理人という職業はもっと価値が下がっていただろう。
技術職というのは「誰しもができることではない」ことをするから価値のある存在なのだ。誰でもいいことは機械に任せればいいし、そうなっていく。
レシピ通りにやって美味くできるというのは、「慣れてきている人」か「最初からそれなりに器用な人」だけだ。
同じレシピでも差がでてしまうのは技術とセンスと環境の違いに原因がある。
技術というのは(個人差はあれど)とにかく繰り返して慣れることで身につくものだ。修練で動きの最適化がされている人とされていない人では効率化に差がつく。
次に、センスというのは(とても大雑把な言い方だが)、味覚や直観の良さはセンスに類する。センスは反復で身につくところもあれば天性のものでもあり、個人によって要する努力量(修得時間)が変わる。適切な工程が数日で身につく人もいれば数週かかる人もいるだろう。
環境もまた均一・平等なものではない。台所、器具、培ってきた舌の記憶、誰しもが同じではない。さらに言えば気温、湿度、素材を選ぶ視点も無視できない。(同じ素材であっても品質が違えば味が変わるのは当たり前だ)
この大きな3点を踏まえた上で考えれば「レシピ通りにやれば美味くできる」というのは不適当な例えだと思い直すのではないだろうか。
と思ったりするだけであって、そうだね、色んなケースがあるよねって。
人はなぜ例えたがるのか。なぜ上手いこと言おうとするのか。近い内に上手いこと言いたがり症候群みたいなものの蔑称が生まれそうである。
適合性や合理性がなかったとしても、例えるのを止められない。
慣用句、四字熟語、諺なんかも、昔のそういう「なんか上手いこと言いたい人」らが言い出したものかもしれない。




