45.ヒーリング音楽でも水音を特徴付けているのは苦手
テレビ、スピーカーの音量設定の仕方には適当にわけて3種類のパターンがある。
1つは充分聞こえてくる音量を調整して(自分が)うるさくない程度に落ち着くパターン。おそらくはこれが普通か。
1つは耳か脳が正常ではなく、大音量でもうるさいと認識できないパターン。自分の異常を疑わない人は音をガンガン上げる傾向があるなと、昔親を見ていて思いました。
1つは無音から徐々に音量を上げていってギリギリ聞こえる最低限のところを探すパターン。騒音苦情を気にかける必要がある都会ではこれが安全であり、周囲への適切な配慮と言える。
世の中というのはとにかく無駄に不躾で無遠慮な音が多く、大変うるさくて困ったものだ。
必要な音だけを拾える人はいい。そうでなくて、ほぼほぼ音を拾ってしまう人にとっては堪らないものだ。
人混みなどに長時間も出かけていたら不快になるのを抑えられず頭痛がして動けなくなる、というのはさすがにそうそうないが。
しかし同じ程度の大きな音、声でも不快になるものとならないものがある。
僕の場合であるが、
電車やファミレスなどで子供が騒ぐ声が聞こえてきてもまったく気にならないけれど、大人が人前で大きな声を出しているのが聞こえると気持ち悪くなる。
店で食器が落ちたり風でドアが閉まったりする音だと驚きはしてもイラっとしないけれど、バイトなどが食器を乱暴に動かす音やドアをそっと閉めないで出す音にはなぜか反応してしまう。
単純に言えば「いい歳をした人間が周囲に対して礼儀のない音を出しているのがきつい」ということだ。
これらは「大人になっても自身の感情のコントロールがしきれておらず、他人にとって不愉快な音を出している」もの。「自分はこんなに怒っている」を騒音で表現し、無関係な他人にも「自分に対し気を遣え」と不必要な音を聞こえるようにやっていることだ。もしかしたら疾患やなにかで感情のコントロールができないかもしれない。
しかし、普段粗野で大雑把な人間でも自分より偉い人の前や自分の立場が悪いときにはかしこまって大人しくしているのは、礼を失して不利益を被らないようにするという知識的思考であり(相手を刺激しない動物的思考だろうか)、つまり普段からできることをしていない(普段が不遜であっても安全な環境、無礼であってもいいと甘えている状況)だけなケースもあるので、本当に自分で感情抑制ができない人間なのか我侭なだけなのかどうかは傍目で判断することはできない。
礼儀のある人や他者へ気を配る人間は基本的に物静かだし、綺麗な所作は自然と無駄が削られて不要な音を発さないようになる。人間ができてくると愚痴や無駄口が減るのと似たものにも思える。
そのせいか気を抜くと蚊の鳴くような声しか出てこない。




