38.面倒と言われる人も、誰かが面倒と他人に吐く人も、どちらも面倒臭く思えるパターンもある
偏見、浅慮、勉強不足、個人の見解が強く出ていると思います。書かれているものを知識、情報として受け取らないようにご注意ください。
また、「HSP/非HSS」として書いてある部分ですが、「HSP/非HSS」の方であっても他者に対しての攻撃性が皆無というものではありません。あくまでその「型」に位置する「僕」という個人の一例であり、すべての「HSP/非HSS」の方の説明、傾向を示しているものではありません。誤解なきようお願いします。
これを読んでいる方のどれくらいがHSP/HSSに理解があるかはわからないが、既にご存知のものとして書く(詳細について知らない方は検索してください)。
日本人の5人、6人のうち1人はHSPだと言われているようなので、そう珍しいものではない。珍しいものではないが、マジョリティ側のHSPの傾向を持たない人々に理解されることは、現状では不可能に近いので、とても生き辛い世の中だろう。
僕は分類すると「HSP/非HSS」となるが、まったく別な症状を患ってもいるので、気質よりも疾患という扱いにされると思う(診断を受けたわけではないのでよく知らないが)。
少しずれた話になるが、『春望』という詩はご存知だろうか。「国破れて山河在り」というあれだ。漢文の授業で習った人も多いと思う。
この詩自体に心を打たれるかどうかは個人個人のものなのでなんとも言えないが、詩の中に「時に感じては花にも涙をそそぎ」「別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」という節がある。
僕はこの箇所に強く何かを感じ、授業で暗記させられた『春望』の話をすっかり忘れてしまっても、ここだけは今でも忘れることがない。綺麗な花を見ても涙を流し、鳥の鳴き声にすら不安を煽られる──そんなに追い詰められる状況というのを考えてしまうと言葉にならない虚無感がある。
さて。「HSP/非HSS」の方であると(恐らくだが)、大きな声で喋る、大きな物音を立てる、粗暴、粗忽、強い感情表出など、こういった特徴を持つ人間はあまり関わりたくないタイプになるだろう。(傍にいるだけでとても疲れるだろうし、欠点や改善できることを伝えるのもエネルギーを使う上に相手が聞き入れるとは限らない)
攻撃性の高い言動や表現、暴力的なものや刺激の強いものは、自分で発するのは勿論、他者が発したものを受けるのも苦手なのだ(それが反転して憎悪、排除の対象として捉えることがあるかどうかは知らない)。
この「苦手」という表現は生易しいものであって、人によっては精神的苦痛になったり、恐怖心を煽られたりしてしまう。日常生活に支障が出るほどになったら病状と視られるのかもしれない。
ネット上の文字だけであっても同じだ。
多くの人が気軽に用いる「バカ」だの「クズ」だのといった他者を貶めるものから、悪質な犯罪の報道、その話題に集まる「死刑にしろ」や「こんな奴は○○すべき」といった感情剥き出しの意見、法律による拘束や規制を強化する報道などの大局的なものまで、それらは同列に「他人を強制で動かそうとする」という感情的な性質を持っており、極端な人であれば、そういった文章を見ただけでも不快感や威圧感を受けてしまうことになる。
長々と書いたこれらのことを(HSP傾向のない)普通の人に説明したところで「それは人によるし度合いで~」くらいにしか考えてもらえないだろう。
今の世界にはまだHSPの人間が心底落ち着いて穏やかに過ごせる場所は存在しない。これは単純に、HSPの方々よりも社会に適合しているはずの攻撃性の強い非HSPの人間ですら生きるのが困難な現実を考えると、なんとなく言い切れてしまう。




