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31.エッセイは「ぼくのかんがえたさいきょうのそうさくろん」のおかげで盛り上がった

それ自体に善し悪しがあるわけではない


 また「なろう」の話。


 以前タイトルで書いたこと(20.「すべてがテンプレになるエッセイ))。

 エッセイの論調も画一(テンプレ)化が進んでいる。ジャンルに人が増えたからかもしれない。

 人が増えることは良い面もあれば、そうでない面もある。

 たぶん今日明日中(2016年12月21日~)には、エッセイランキングの不満を書かれる人がいてランキングに出てくるだろう。(基本的に2ptでも載ってしまうジャンルである)


 エッセイのランキングも旧ランキングと同じ道を進みつつある。

 けれどこの点に関して大きく不満は出ないだろう(今のところ)。

 要はエッセイというジャンルが反「なろうのポイント主流派(ランキングにのるような作品にポイントを落としやすい人たちの意)」の隔離所のようになっていっているのだろうということ。集まる人たちに自覚があるか無自覚であるかは関係がない。そうなりつつあるんじゃないかと疑えるのはエッセイのランキングを見れば誰でも気がつくのでは。


 おそらく「創作論・なろう批評」を書かれている方は、「流行/ブーム」もあってのことだろうし、まあ、きっと、なんかやるせない気持ちがあるから書かれているのだとは察する。

 しかし、時折他者の嗜好に唾を吐きつけ罵るような論調の方がいる。

 日間ランキングにあるのが面白くないのはテンプレが悪い、読者が悪い、とりあえずなんか「悪い」──そんな感じで。


 深い関心がなく眺めると、感情を掻き立てる愚痴的な創作論でエッセイジャンルを埋めていっている状況は、読まれたくてテンプレ書いた人がランキングを埋めていく状況と、起こしている事態とさほど変わりがないように見えてくる。

 これは「自分のは良くて他人のは駄目」とどう違うのかと思えるのだが。「読まれたい」という根本的な部分は一緒で、招いている事態も一緒ではないか。それなのに自分の欲求が満たされないからと何かを悪いように断じて論ずるのは、どれだけ雄弁に精密で確固たる弁証を用いたとしても感情論にしかならない。

 感情論を否定するわけではない。鬱憤晴らしの愚痴論に他者を巻き込もうとするそのやり方は「かっとなって殴った」と本質が一緒だ。それならばストレスフリーを書いて他者が楽しめるように巻き込んだほうが、現状では建設的だしより多くから好かれるのも当然だと思うだけだ(こんな風に思うことも「悪い」と言われるかもしれない)。


(「現状では」と書いたのは愚痴的なものが流行になって多くの人がそちらに移れば、愚痴的なものが主流となるから、と念のため)




 異世界転移・転生は別枠となった。

 エッセイでの「創作論・なろう批評」はきっとならない(今のところ)。

 ランキングに載るような作品を好む主流派と比較したらかなり少ないからだ。以前読者密度がわかるデータを出している方がいたが、たぶん今もそう変わっていないだろう。




 個人的にエッセイは、その人しか持っていない視点・価値観・思考で書いているものが好き。自分では至らない考え方や見方にこそ新しいものがある。それと自分では調べないだろう話とか。

 画一的な考え方が似た者同士が集まってグループ化するのはSNSでやればいいんじゃないかなって。宣伝とか横の繋がりでポイント入りやすくなるとかあるんじゃないですかね。きっと。なろうがもうSNS化しているのかもしれないけれど。


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