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28.『ガッツが足りない』だと精神論でしかないが『体力がない』だとわかりやすい

 先日そういった話題を見かけた。「最近の若者は定期」だ。


 これは「ガッツ」なんて言葉を使うから無駄に感情を逆なでするようになっている。

 普通に「体力」がないと言えばよかったのだ。


 昔の人に比べて体力が衰えている事実はある。

 文科省による「体力・運動能力調査」からもわかることで、僕が私見偏見のみで書いているわけではない。検索をすればすぐに見つかる。

 公表されている平成26年度「青少年の体力・運動能力の現状」にある表を見てもらえればわかるが、下がり続けていた平均値もここ数年でようやく横ばいから向上の傾向が見られるようになっている。


 じゃあ平均を下げ続けた世代よりも今の若い世代のほうが体力があるのかというと、どうも簡単には言い切れないらしい。全体の成績が良くなったから平均が向上しているわけではないと指摘する意見が出ている。

 統計学や経済学などをかじっている人や長く教師などの教育者をしている人ならばすぐに気がつくのかもしれないが、一般的に使用されている「平均」の落とし穴があるという。

 新しい世代がスポーツでの記録を更新したりするもそれは極一部の若者のこと。スポーツに生きるエリート達だ。昔よりも優れた研究や施設によって彼らはもっと成長していく。そんな過去の記録保持者よりも優秀になりえるエリート達の記録と、部活の運動すらしない者たちとでの「平均」が出されているわけだ。大雑把に解り易い例えを書くと「出来る子が100点、出来ない子が20点でも、二人の「平均」は60点」になるという話。

 運動・スポーツをする者としない者の二極化というのも、別に近年始まったことではないと調査関連のところでも書かれていることだったりする。「平均」を出しただけでスルーしていないのはさすが頭の良い方々の調査報告である。




 では、こうした「体力の低下」の原因はどこにあったのか。


 昔よりも交通や連絡手段が便利になったのだから、それだけでも結構な要因にはなる。

 それに加えて昔の子供よりも運動する機会、外で遊べる場所などが減らされている。ケガをするからダメ、危ないから止めさせろ、子供が騒ぐのは近所迷惑だなどなど、昔の子供なら何気なく行えたような遊びからなる体力作りも現代では禁じられた。そしてインドアでの遊びも昔よりはるかに充実してしまっている。


 どれもこれも、子供や今の若者のせいではない。

 全部が全部「(自分たちが望む)良い環境」を作りたかった人たちのせいである。

 彼らは「自分たちの考える社会こそが次世代にとってもより良い環境」だと信じていただけだ。

 そしてその(彼らの都合に)良い環境に適合している「自分たちの考える最高の子供像」という幻想があって、彼らのその勝手な幻想に近い子供が「良い子」とされてきたので、彼らにとっての「良い子」をしてきた多くの若者の体力は低くても当然の結果と言える。


 なので、老人世代が「ガッツがない」だの「体力がない」だのと罵るようなら「あんたらの世代がそうなるように訓練させてたんだけどね」と呆れるくらいは構わないと思う。


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