21.「読書家は頭がいい」という「眼鏡はツッコミかクール」と同じような偏見
先日「漫画は読書か?」というような話題を見かけた。
最初に書いておくが「くっそどうでもいい」。
なにもネタが思い浮かばない・思い浮かんでも整理されていないから触れるような、そんな話題だ。
認めるにせよ認めないにせよ、本人がそう思いたいならそれで終わりだ。
「お前がそう思うならそうなんだろう お前ん中ではな」より的確な言葉が浮かばない。
少なくとも僕が「読書」としたときには「漫画・ラノベ」を含まないが、自分以外が「読書」としたときには「漫画・ラノベ」を含めた場合も考える(言葉を発した相手に依る)。
これだけで自分の考えに支障が出ない。それ以上の意見などない。
そもそも「趣味で読書はそんなにご大層なことか?」という話だ。
趣味に読書だなんて、日常的に本を読む人だと、多分書かない。当たり前すぎるからだ。
趣味というほどのことではない。
「本を読んでからレビューなどを行う」となると「レビューのための読書」や「ブログのネタのための読書」である。
「一カ月/一年に○○冊の本を読んでいる」という自己申告をしてくる読書家もいる。独りでいる暇とお金がなければできない。羨ましいことだ。
◇
大学生時代(五年間)には(漫画・ラノベを除いた)本を年100~150冊くらいは買って読んだと思う。「ぼっち」に類する人間だったので趣味にのみお金が出せた。電脳紙芝居や映画やアニメもいいけど本よりコストパフォーマンスが良い暇潰しはないわー、という話。(今の時代だとスマホがあるので、あの頃にスマホがあればハマっていたろう)
かといってそれで頭が良くなったとか、成績に反映されたとか、交友関係が広まったとか、いい就職先と縁が持てたとか、向上心が芽生え意識が高くなったとか、そういった社会的価値とされるものに繋がったことは一切ない。
たくさん本を読んでいたからといって文章が上手なわけでも、面白い物語を書けるわけでもない。このエッセイや完結させた作品を読まれた方にはわかるだろう。
読んできた内容など片端から忘れている。
身についてなどいないし、身につけようと読んでいたこともない。
本当に暇潰しのための読書だった。
それでも他人から読書家と言われるし、自称しても納得されるらしい。
そんな読み方でも読書は読書である。
でも高尚だったり、他人に言うほどのことか? となってしまう。むしろ読書歴を黙っている方が良いレベルという。




