2.読み物の形態
『 ○ …… 』
「この記号は、なんですか?」
「将来ありえる日本の『Web小説』の形の一つ」
「は?」
「クリックするだけで、『無料で容易に気分良く暇潰しができる』内容の小説」
「……」
「以上」
「内容の説明は?」
「ないよ」
「小説なんですよね? 丸しかありませんけど」
「あえて言うなら『触るだけで気分が良くなれる』小説が表示される」
「ちょっと意味が。小説じゃないんですか?」
「人気作品を支持しているWeb読者やラノベ読者のニーズに一歩踏み込んで応えると、
『タダで簡単に、少しの時間を、ちょっと気分良く過ごせれば』それでいいんだ」
「……それで?」
「「○」をクリックすると、欲しがっている小説が表示される。
予め所要時間や読みたい展開なんかを設定して、それに沿ったものが出てくる仕様になっていてね。
読者は完全に自分のタイミングで、好きなものだけで、そのときの気分で選ぶことができるわけさ」
「それはただのちょっとしたジェネレーターにすぎないのでは……」
「AIも入ってるし、完全にそうとは言い切れないんじゃないかな? よく知らないけど」
「それに、小説じゃないです」
「どうして?」
「どうしてって……」
「学習機能を備えていけば、個々の読者の《《程度》》に合わせたものを形成していくようになる。これ以上ないほど、読者はストレスを感じなくなる」
「ストレス」
「最終的には『○』をクリックしただけで心地良い読後感を得るように進化するんじゃないかなと思っている。画面タッチで脳内物質の分泌量をコントロールする方法が確立するまでは不可能だけど」
「それはもう、読書と言えないのでは?」
「言えるんじゃないかな? それが大多数の欲している読書の容なんだから、一定期間は商売が成立する。言葉の定義の変化、もしくは、言葉が持つ意味が増えるってところだと思うよ」
「そういうことじゃなくて。だって、『読んだ気分になっている』だけですよね?」
「ブラウザゲー、スマホゲーなんかだとただポチポチしてるだけでも、ゲームとして成り立っているよ。それと同じ」
「そんなの、読書家の人が納得するとは思えません。書物を愚弄しすぎです」
「納得できない人と、受け入れる人とに別れるだけの話じゃないかな。読みたくない人は読まないだろうし」
「それでも反発は起こります」
「反発はあって当然。でもいずれ抵抗は消えるだろうね。そういう物を求めていない人はマジョリティには属せないよ」