107.100本目で終わりだからといって特別なことは書けない
わりと長くなってきた人生の中で、若い頃から今でも好きな曲で好きな歌詞がある。
B'zの名曲『Pleasure ’91~人生の快楽~』のラストのサビ前の部分、
「くだらなかったあの頃に戻りたい 戻りたくない」
というフレーズ。
古くからのB'zファンならお馴染みの曲で、多くのファンがこの歌詞を含むラスト部分を好んでいると思う。決め付けではないと思うがどうだろう。
僕がB'zを知り、好きになったのは小学生のまだ低学年という括りであった。兄や姉がいるとそういった文化が早い段階で刷り込まれていくというありふれたものだ。おかげでデビュー時の辺りも知ることができたので古参ファンを名乗れたりする。随分と長いこと聞かなくなってしまったのでファンを名乗るのは烏滸がましいが。
今思えばおそらく僕が今でも好むようなものは、この辺りの年齢で地盤ができてしまっているのだろう。B'zでカッコいい男を好むようになり、江戸川乱歩で怪奇を好むようになり、女神転生デジタルデビルストーリーで人間の滅びを好むようになり。陰になったのはアトラスのせいと書きたかったがこれまだアトラスじゃなかった。
自語りはさておき話を戻す。
この歌詞をどう捉えるか。
以前エッセイのどこかで書いたかもしれないが、なろうで転生ものを面白く思い読んでいようと転生なんてしたくないし、後悔なんて数え切れないほどあるけれど人生をやりなおしたいと思ったことはない。生きるのなんて一回でも多いくらいだ。なろう読者にはそういう人も多いだろう(決め付け)。
こんな考えで生きてきてはいるものの、この歌詞は心に刺さり続けた抜けない棘かもしれない。戻りたいか戻りたくないかを考えなければならない、そんな風に思っている。
とはいえ、僕には戻りたい「あの頃」というものが存在しないという致命的な現実がある。近年になって髪がある頃に戻りたいなーと感じる程度で。
仮に人生のどこかをやり直せるとしても、やり直したい人ばかりではないだろう。シュタゲをプレイした人やアニメ版を見た人ならよくわかるのでは。何か1つを修正したからといってすべてが上手くいくわけではない。
そして人には不可逆だからこそ、という価値観がある。人生は1度きりだからこそ毎日をきちんと精一杯生きよう、みたいなやつだ。後悔して戻ってきた〇年前の自分が今なんだ、みたいなコピペとか。
人生は毎日毎分毎秒が常に1度きりで、過ぎた時間は二度と戻ってこない。だからこそ早い内に「一生懸命に生きないと損になる」と気が付いた人や、無自覚にでも行動している人が、社会的にも人間的にも成功を得やすくなっている。何か行動するなら今この瞬間からというやつだ。
こんな当たり前なことを今更理解していても、人間の愚かな面ばかりを学習してきた身としてはどうしても、過去に戻ろうとやり直そうとどうせ無駄になるとしか思えない。




