黒雲の影
青空と草木の生えない大地。風は乾いている。太陽が地獄のように照りつける荒野を駆け抜ける三輪の自走車があった。荒れた地面に時折大きく揺られる屋根の無い車内では金髪の頭が二つ飛び跳ねていた。うち一つは長髪で、後部座席で乱暴な風になされるがまま踊らせている。もう一つはゴーグルをはめ、前の運転席でじっとハンドルを握っている。荒野を爆走する自走車は峠の斜面をなだらかに下っており、後ろの女が振り返って今ほど抜けてきた山の方をじっと見つめていた。エンジンは軽快に回っている。
「付いて来てる!」
女がそう叫んだ。運転席でハンドルを握る手に力が込められる。女の睨む先の山の向うが急に暗くなり始める。やがて溢れ出すように不吉な黒雲が荒れた大地の上空に広がり始めた。
「振りきれないの?」
「振り切りたいよ!」
男もバックミラーにチラリと目をやり、にわかに暗がり始めた背景を確認すると唇を噛んだ。やがて先ほど抜けてきた山がすべて黒い雲の影に被われた。その影は山を滑り下り、自走車が砂煙をあげて進む大地に進入していく。
「影が来るよ!」
後部座席の女が叫ぶ。黒雲の影は地獄のように太陽が照りつける大地に突然夜が来たように時間と空気を変えている。黒雲の影はみるみる伸びて自走車の巻き上げる砂煙を飲み込んでいく。その距離は少しずつ、確実に縮まっていく。
エンジンが熱く燃える。乾いた風は痛いくらい顔を打ち付けてくる。生き物の気配のしない石と砂の大地は見渡す限り続いている。雨降りはしばらく見込めない高く青い空に、嘘のような黒雲が広がっていく。
この二人は何故黒雲から逃げるのか。
黒雲の影に入ると、その眩しい金髪が黒髪に変わってしまうからだ。




