最期の言葉
「先輩っ!」
私が屋上へと辿り着いた頃には、彼は既に柵の向こう側にいた。
ただ空を見つめて立っている先輩の姿はひたすらに美しく、この世のものではないようだった。
まるで、今にも白い翼が生えて飛んでいってしまいそうな…。
「あぁ、来たんだね」
驚きも、喜びも、落胆も、怒りもない声音で発せられた言葉はしかし、私にはその全てを含んだもののように聞こえた。
「…本当に、もういっちゃうんですか?」
「そうだよ。何もない日だからこそ、死ぬには良い日だ。天気も良いしね」
「私は、先輩と話しててとても楽しかったです。別に生き甲斐ってわけじゃありませんでしたけど。
…確かに、死ぬには良い日です」
そう言ってから、私はふと先輩のいく先を見てみたくなった。何かに惹かれるように、私の足は先輩の方へ歩いていく。
「一緒にいくか?」
「はい」
自分でも驚くくらいはっきりと即答し、歩みを速める。柵を越えるのを先輩の手を借りて何とか済ませると、サァッと風が吹いた。
私と先輩の手は繋がれたまま。互いの手は震えることなく、しっかりと握られている。
「気持ちの良い風ですね。…そういえば私、先輩とどこかへ出かけるのは初めてかもしれません。いつも先輩が学校の帰りにカフェに誘うばかりでしたから」
「じゃあこれは初デートかな?」
その言葉で私はクスクスと笑った。デート?―そんなチープな言葉で表現できるような関係ではないし、またいく先も、いわゆるデートで行くような場所ではない。
「デートだなんて…。せめてエスケープとでも言いましょうよ」
「別に俺は逃げるわけじゃないんだがな…。
まぁ、これからのことにはどんな名前も付けられないってことだろう。それはそれで良いと、俺は思う」
二人で笑い合っていると、バタバタと階段を駆け上がる音がした。そろそろタイムリミットだ。
「…いこうか」
そう言って彼は私の腰を掴んでグッと引き寄せ、軽くキスをした。
そして、そのまま地に落ちていった。
びゅうびゅうと風が唸るが、不思議と恐怖はない。それはきっと、先輩の体温を感じているからだろう。そんな中、私は先輩の耳元に囁いた。
「先輩…、愛してました」
「あぁ…」
その先は、聞こえないまま。