夏よりあなたはもっと
ぷらいべったーにあげたものを引っ張ってきました。
ごめんなさい、季節外れで……!
――あなたの中には、あの日の記憶がありますか?
「ちゅーしたら、けっこんしなきゃだめなんだよ!」
「そうなの?」
「うそじゃないもん!ママがいってたもん!だから、ひーくんはあたしとけっこんするの!わかった!?」
「うーん、わかった!ぼくはまーちゃんとけっこんする」
「やくそくだからね、わすれたらおこるからね!ずっといっしょだからね!」
「ぜったいわすれないよ。ずっと、いっしょ。ほら、やくそく」
「うん、やくそく!」
ゆーびきーりげーんまーんうーそついたら――……
夏の暑い日に、公園の砂場で響いたあの頃の幼い声は、いまだに記憶の奥に残っていて、何度も思い出す。ひーくんが転んだ拍子に私の唇にぶつかって、それを私は責めて、結んだ約束。
幼い私たちがした、幼い、でも真剣な約束。
私はひーくんの永遠をもらって、ひーくんは私の永遠をもらう、そんな約束。
約束をしてからは、手を繋いで小学校に行った。周りから冷やかされたって、気にならなかった。だって結婚するんだもの。
そうだよね?ひーくん。
中学生になったら、ふたりだけで電車に乗って、隣町に遊びに行った。遊園地の観覧車の中で、ちゅーではないキスをした。だって結婚するから。
約束したよね、ひーくん。
ねえ、ひーくん。指きりしたでしょう?約束だって言ったでしょう。ねえ。
――どうして、あなたはいま隣にいないの?どこを探しても、いない。どうして会えないの?
ふたりで、半分こしてたアイスなんて、ひとりで食べきれるわけないでしょう?
ひとりで遊園地なんて行けるわけないでしょう?
ひとりで学校なんて行けるわけないでしょう?
誰と手を繋げばいいの?誰とキスすればいいの?
約束したでしょう?ずっといっしょにいるって。
お願いだから、ずっと一緒にいて。
「ごめん、もうすぐ時間だ……」
お願いだから、名前を呼んで。
「泣かないで」
夢でもいいから毎日名前を呼んで、手を繋いで、キスをしてほしいの。
「まーちゃんはきっと温かいんだろうな」
抱きしめてほしいの、一緒にいてほしいの。
「本当に、ごめんね」
私も一緒にいくから。
「だめだよ、まーちゃん。まーちゃんが来る場所じゃないよ、まだ」
だったら、どうすればいいの?ねえ、どうして声しか聞こえないの?
お見送りに行こう?そう、おばさんは言うけど、なんでお見送りなんてしなきゃいけないの?
せっかく、ひーくんが帰ってきたのに、どうしてあんな薄暗いところに行かなきゃいけないの。ひーくんが眠る場所はあんなところじゃない、私のところだもの。みんなおかしい、みんなが言ってることが分からない。ぶんぶんと飛ぶ虫の音も、袈裟姿の人が言ってる呪文のような言葉も。うるさい、うるさい、うるさい!
また夏が来たら会えるよ、なんて。なんで夏にしか会えないの。それに、「また」なんてないもの。ひーくんが言ったもの、もうさよならだって。
お願いだから、還して。ごめんさい、謝るから、ごめんなさい。私が悪いんでしょう?私が嘘をついたから。私が嘘をついたから、神様が怒って、私からひーくんを奪ったんだ。
あの約束をした日。転んだのは、ひーくんじゃない。私でもない。唇をぶつけたのは、わざと。
私が、悪いの。私が嘘をついたから。好きだったから、大好きだったから。いまでも、好きで好きでしょうがないから。
だから、お願い。
あの日の約束からやり直すから、還して。還ってきて。一緒に生きようよ、ひーくんとの時間をください。
私にください、あの夏を。
FIN
読んでいただきありがとうございました!