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Second Life  作者: ROA
9/22

「アバター」

          8



 下山拓馬は、財布に小銭が入っていないことに舌打ちをした。

仕方なく、千円札を取り出して投入口に差し込む。機械音とともに千円札は飲み込まれ、全てのボタンのランプが点灯する。少し悩んでからブラックコーヒーをチョイスしてボタンを押した。

がたんっ、と取り出し口に缶コーヒーが落とされた。それを取り出し、お釣りを拾い出してから近くの椅子に腰をかけた。

 丁度仕事も切りのいいところまで行ったので、少しばかり休憩を取ることにしたのだ。硬直した首を軽く回しながら、缶コーヒーのプルタブを引き上げる。冷えた珈琲が疲れた体に鞭を打ってくれる。

「なあ、拓馬!」

 二口目を飲んだ時、男が隣の椅子に滑る様に座り込んできた。同僚の村越良太だった。

「ここは禁煙だぞ。」

 拓馬は良太が咥えている煙草を見て言う。良太は「悪い、悪い。」と咥えていた煙草を隣の喫煙室の灰皿に投げ捨てる。

「お前、見たか?」

 なんでこういった連中は話が唐突過ぎるのだろう。「見たか?」だけで分かるとでも思っているのか。話しを出し渋るなら、もっとこっちが興味を持つようにして欲しい。

「新しい、秘書だよ。」

 何の反応を示さない拓馬に痺れを切らし、そう言う。

「見てない。」

「いやさ、それが結構イケてるらしいぜ。山口が見かけたんだってさ。」

 良太の表情はそこら辺の中学生と何ら変わりはなかった。いや、今時の中学生の方がもっと大人かも知れない。

「いいよなあ、社長って。美人秘書と一緒に仕事出来るんだぜ。」

 そう言って自分が社長になる妄想でもしているのか、遠い眼をする。

「それに比べて俺らは毎日パソコンと向かい合ってさ。安い給料で毎日働いているってのによ。」

言ってタイピングの仕草をする。

拓馬達の仕事とは、2008年にスタートしたソーシャル・ネットワーキング・サービス「Second Life」のシステム構築、サイト運営及び管理である。現在の利用者は20万人を超えたところで、まだ駆け出しのSNSである。

既存のSNSはブログ形式に自分の生活、考え事、趣味といった日記を綴り、会社によっては登録したユーザーのみ閲覧出来る仕組みになっている。機能のひとつとして、あるトピックに対してユーザー同士で話し合うための掲示板のようなものがあったりする。

しかし、Second Lifeが他のSNSと異なっているのは、主な舞台は仮想空間にある。

月額525円の登録制で行われており、会員登録後にアプリケーションを自分のパソコンにダウンロードしてから、自分の分身となるアバターというキャラクターを作成することから始まる。

多種多様に用意されたパーツから独自のキャラクターを作り、そのアバターの住む街、住む家を作る。

会員登録当初、アバターの家にはまず自分のブログとなる「日記帳」が置かれている。そこに従来のSNSと同じように日記を書いていくのだが、まだ他の機能は存在しない。ひとつのトピックを多くのユーザーで語るための「回覧板」は、仮想空間内に用意されているホストキャラクターと自分のアバターが出会ってからでないと使えない。他にも自分の撮影した写真をアルバムとして投稿するために「フォトアルバム」、知り合いになったユーザーからメールを貰うための「ポスト」など、仮想空間でホストキャラクターを探しながら様々な機能を追加ダウンロードしていけるようになっている。

他のユーザーのブログを閲覧するにはその友人の家で日記帳を見る形で行われる。その時、「足跡」としてどんなユーザーが閲覧しに来たかが分かるようになっている。また、その足跡を見れば閲覧しに来たユーザーを探すことも出来るのだ。そのユーザーと「フレンドリー登録」をすれば、「交換日記」という機能が追加していつでもすぐに閲覧可能になる。

他にもアバター同士で仮想空間内の街を遊び歩いたり、友人の家に入ることも可能。この時はチャット形式で他のアバターと会話が出来るようになっている。

仮想空間は実際の時間と同じリアルタイムで進んでおり、クリスマスやお正月といったイベントもアバターを介して参加出来る。街も季節に応じて変化するようになっている。

 このSecond Lifeは「ユーザー課金モデル」と「他サイト連動モデル」を複合したタイプになっている。ユーザー課金モデルとは、実際にサービス利用料という形で直接課金し、収入源とすることであり、セカンド・ライフは月額525円のサービス料がかかる。また、アバターの衣装を購入したり、家具を購入するといった付加機能によっても課金されていく。他サイト連動モデルは自社・他社問わずに他サイトに誘導、あるいは連動させることで得られる相乗効果によって収入源を得る方法である。Second Lifeの仮想空間の街には、実際のネットショッピングが出来るように店が設置されている。またネットショッピングで購入したものは、そのまま仮想空間にも繁栄される。

まさに、自分の第二の人生をアバターに託して行えるものとなっているのだ。俗に言うオンラインゲームとSNSを複合したものが、「Second Life」である。

 基本的にはPCユーザーのために開発されたが、現在では携帯電話でも日記の更新など出来る様になっている。

 拓馬はそのSecond Lifeのシステム構築を受け持っており、良太はサイトの運営に携わっていた。SAコーポレーションで働く社員のほとんどはセカンド・ライフに登録されており、特にサイト運営業務担当の社員は、日々アバターを動かす必要があるため休みも丸々費やしている者もいる。

 缶コーヒーを飲み終えた拓馬は立ち上がって、専用ゴミ箱に捨てる。

「俺、Second Lifeだったらモテモテなんだぜ。」

そう言って良太は新しく取り出した煙草を咥え、喫煙室の方に向かう。

「じゃ、そっちで美人秘書でも探せよ。」

 拓馬は鼻で笑ってそう答える。

「それは現実がいい。」と良太は眉間に皺を寄せて煙草に火を点けた。

「お前ら、休憩し過ぎじゃないか?」

 そんな二人の前に、腕組みをした男が割り込んでくる。

「横山課長!」

 横山と呼ばれた男はポケットから煙草ケースを取り出し、喫煙室に入る。

「サボってた罰だ。今から15階に行って、PC直して来い。」

「15階ですか?」

 咥えていた煙草をケースに戻し、良太は目を輝かせた。

「ああ。秘書室のPCの調子が悪いから診て欲しいそうだ。」

「マジっすかぁ。」

 良太は嫌そうに言うが、表情はまんざらでもないようだ。

「そうだな、…下山。行って来い。」

「え、マジで!?」

 今度こそ嫌そうに良太は顔をしかめる。

「村越が行きたそうですよ。」

 拓馬は旨そうに煙を吸う横山課長に言う。後ろで良太が手を合わせる。

「こいつは俺の話し相手でもして貰う。」

 良太は天国ではなく地獄に墜ちた様に白目を剥く。

「分かりました…。」

 渋々頷き、こっそり溜息をついて拓馬は通路に出た。その先にあるドアを開けフロアを出る。社員は、一階に降りる時以外は基本的にエレベーターは使ってはならないことになっている。拓馬はエレベーターホールの脇にある階段を使って15階へ上がっていく。

 何で俺が行かなきゃならないんだ。本当は課長が頼まれたんだろ。間違いなくアンタより忙しいっての。

 拓馬は内心舌打ちしながら、15階の受付ブースに向かう。

そこには一人の秘書が立っていた。ネームプレートに書かれている高峰という名前は聞き覚えがある。おそらく以前からいる秘書だろう。

「あの、横山課長に言われてパソコン診に来たんですけど。」

「ちょっと待ってね。」

 そう言って高峰は内線をかける。しばらくして奥のドアから一人の女性が出てきた。こっちが新しい秘書だろう。

「ごめんなさいね、ちょっと来て貰えるかな?」

 ドアから半身を出した状態で手招きをする。拓馬は言われた通りその秘書の方に行き、フロアに通される。

「なんか変な表示が出て、全く動かないの。」

 秘書室と書かれた部屋に通され、その秘書は置かれてあったパソコンを指差す。

 拓馬は初めて入った秘書室を珍しげに見渡している。

「君。こっちね。」

 そう言って顔をパソコンに向けられた。

「あ、すんません…。」

 頭を下げて、問題のパソコンを見る。

ディスプレイに表示されていたのは、ブラックアウトした画面に『The truth is here.(真実はここにある)』という赤い文字が流れていた。

「何ですか、これ?」

「それを聞くためにあなたを呼んだんだけど…。」

「ああ、すいません。なんか意味有り気だったから。」

 そう言って拓馬はそのパソコンが置かれていたデスクに座る。

「これ、ウイルスですよ。おそらく愉快犯のね。」

「コンピューターウイルス?愉快犯って?」

「こんな風に文字が流れるように仕組んで、世間が騒ぐのを楽しんでいるだけです。でも、パソコンが壊れたりする訳じゃないんで。」

 秘書は「そう。」とほっとしたように微笑む。

 確かに、美人の分類に入る。やや切れ長な眼が近寄りがたいが、街で見かければ振り向く男もいるだろう。良太はさぞ残念がるだろう。胸元のネームプレートには井川と書かれてるのを確認する。後で名前くらいは良太に教えてやろうか。

「すぐ終わりますんで。」

 拓馬は言いながらキーボードを叩く。コンピューターウイルス対策ソフトは最新版のようだった。どうやら書き換える手間はいらないようだ。まずはウイルスの感染防止のためにネットを遮断し、駆除していく。

突然、拓馬の手が止まる。

「あれ、これって…。」

 ぼそりと呟いた。秘書が拓馬の後ろからディスプレイを眺める。

「何?大丈夫?」

「…あ、いや。なんでもありません。」

 軽く首を振って、またキーボードを打ち始める。

 数十分後に、ウイルスの駆除は終了した。

「終わりましたんで、戻ります。」

 拓馬はそう言って立ち上がる。

「ありがとう。はい、これ。」

 秘書の手には珈琲カップが握られていた。

「お礼に。」

「どうも…。」

 秘書からカップを受け取る。立ったまま飲もうとすると、近くにあった椅子を出してくれる。

暖かい珈琲は、先程休憩中に飲んだものとは比較出来なかった。

「旨い。」

「そうでしょう。社長がいつも飲まれてる珈琲だからね。」

 そう言って井川という秘書は人差し指を口に当てる。どうやら飲んだことは秘密にしろということらしい。

「あなた、名前は?」

 自分も珈琲カップを手に取り、聞いてくる。

「下山…拓馬です。」

「拓馬君ね。私、先日入社したばかりなんだけど、社長秘書の井川と言います。」

「ああ、どうも…。」

 眼を合わしたまま頭を下げた。

「拓馬君がSecond Lifeを作ってるの?」

「俺はシステム構築を担当しています。」

 井川は「ふぅ~ん。」と曖昧に返事をする。おそらくどういうことをしているのか分からなかったんだろう。

「面白いの?」

 随分と軽率な質問をする秘書だな。仮にも社長秘書だろ。

拓馬はその言葉を胸にしまい、別のボキャブラリーから選んで話す。

「まあ、SNSは流行っていますし、Second Lifeはそれに加えてオンラインゲームの要素もありますからね。ハマル人はハマルんじゃないですか。バーチャルな仮想空間では自分の理想の姿を演出出来る訳だし。」

 井川は相槌を打つ。

「ほとんどの社員はやっていますよ。勿論、社交辞令でやっている人もいますけど。」

「拓馬君も?」

 意地悪そうに微笑む。

「いや…、まあ…。俺、色々と忙しくて。」

 そう言って飲み終わったカップを返す。

「ご馳走様でした。それじゃ、戻ります。」

「ありがとうね。」

 井川に頭を下げて秘書室から出る。その時、丁度通路を歩いていた男性が眼に入り全身が硬直した。

ネームプレートには「代表取締役社長 戸神」と明記されていた。

 向こうは拓馬に気付いていないようだった。

 戸神はそのまま奥の部屋に入っていった。

拓馬はすでに姿の見えない戸神社長に深く頭を下げて、慌ててフロアから出る。一応、受付ブースの秘書にも終わったことを告げ、階段を駆け下りて14階へと向かった。


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