「違和感」
違和感。
どうしても違和感を感じずにはいられなかった。
ハザードを焚いて路肩に停めた車内で、溝口は思考を巡らしていた。
溝口は九条副社長から連絡を受け、すぐに会社に駆けつけた。
その時に会った戸神社長に、どことなく違和感を感じずにはいられないのだ。
会話した内容からすると何ら問題はないのだが、雰囲気といえばいいのか、直感的に以前の戸神社長と別人のように感じる。
溝口は上着のポケットから携帯を取り出して、履歴から電話をかけた。
「私です。ええ、会ってきました。ですが…、どうも腑に落ちないというか。戸神は本当に記憶を戻したのか疑問を感じています。」
この直感がもし正しかった場合、戸神が「社長」として戻ってきたのには第三者の存在が関与していると思われる。
「監視を続けますが、直接的に関与するのは避けておいた方がいいでしょう。逆にこちらが怪しまれては今後に差し支えますので。今まで同様、社内への出入りは避けて監視を続けます。」
溝口は電話を切り、助手席に置いてある鞄から書類を取り出す。
束になった書類から一部を取り出して、読み返す。
間違いなくセカンド・ライフは戸神に施行されている。実際目の前で施行し、データーも問題なく記録されている。記憶は喪失されているのだ。
大量の飲酒によって記憶を戻すなんてことがあるのだろうか。
これについてはすぐに調査されるだろうが、溝口の感じた通り記憶を戻した「振り」をしていたとしたら…。
溝口はもう一度携帯を操作し、今度はメールを送った。
『ひとつ確認したいことがあります。まさかとは思いますが、戸神が接触してきたなんてことはありませんよね…。』
すぐに返信があった。
『ありません。今のところは。』
溝口は感じた違和感は一度しまっておくことにした。
『失礼しました。では例の件、よろしくお願いします。』
メールを送信し終え、溝口は座席にもたれかかる。そして、鞄からもう一つのファイルを取り出した。
背表紙に「セカンド・ライフ施行予定候補者リスト」と書かれていた。