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Second Life  作者: ROA
4/22

「創設者」

          4



 すでに時刻は16時を過ぎていた。考えてみれば、今日は朝飲んだミネラルウォーター以外何も口にしていなかった。

 滝本は手頃なカフェに立ち寄り、サンドイッチと温かい珈琲をオーダーする。

珈琲の香りが店内に漂い、やっとほっと出来る瞬間だった。

窓際の席に腰を下ろし、滝本はサンドイッチにかぶりつく。

店内には営業の合間に休憩で立ち寄ったと思われる男性や、OL風の女性が数名いた。

 これから新しい人生を送れと言われても何をどうすればいいのか皆目検討も付かなかった。後日、またSAコーポレーションに出向き仕事を斡旋してもらうのがまずは得策だとは思う。

 記憶を無くしてしまった場合、本来ならば病院に行くべきだろう。明日にでも病院を探してみよう。セカンドライフのことは口外せず相談だけなら問題ないはずだ。それとも、それも記憶を戻そうとする行為になってしまうのだろうか。

そういえばあの説明会で罵声をあげて出て行った男性はどうなったんだろうか。厳正な処分が下されると言っていたが、まさか殺されたりはしないだろう。

苦笑いを浮かべ、首を横に振りながら珈琲を啜る。

「熱っ!!」

 滝本は思わずカップを落としそうになった。

熱かったのは啜った珈琲ではなく、背中の方だった。

「ごめんなさいっ!!!」

 後ろから悲鳴に似た声が聞こえる。振り返るとスーツ姿に身を包んだ女性がハンカチを取り出して滝本の背中を拭こうとしている。有り得ないことに、人の背中に珈琲を溢したようだ。

「本当にすいませんっ!つまずいてしまって…。」

「い、いや、大丈夫ですから。」

 滝本は上着を脱いでお手拭で濡れた箇所を拭う。

「本当にすいません!!弁償させて下さい!!」

 細い眉毛を折り曲げて、必死に女性は謝る。

「大丈夫ですから。」

「いえ、そんな…。では、近くにクリーニング屋さんがありますので、せめてそこに出させて下さい!」

 半ば強引に滝本の上着を取り、頭を下げる。縛った長い髪も一緒に上下運動を繰り返す。

「は…はぁ。」

 滝本は諦め、言う通りにすることにした。

女性はズレ下がった眼鏡を直しつつ、滝本を連れて外に出る。店内の注目を集めていたため、すぐに店から出られたのはありがたかった。

 歩いて数十分のところにあるクリーニング店に行き、上着を出す。滝本は控えを貰い、帰ろうとするも女性に「上着を買わせて欲しい。」とまた頭を下げられ、渋々近くの紳士服で同じようなブルゾンを購入して貰った。

「いや、服まで買って頂いて…こちらが申し訳ないです。」

 先を歩く女性に滝本はお礼を言った。

 女性はこちらを振り返ることなく立ち止まる。滝本は危うくぶつかりそうになるところをぎりぎりで避けた。

「では、珈琲を一杯付き合って貰えませんか。」

「は?…あ、はあ…。」

 その後姿に妙に威圧感を感じ、滝本はそう答えてしまった。

 一体何なんだ、この女。新手のナンパにしちゃ酷い。とはいえ、よくよく考えればこんな無精髭の男をナンパする女性なんかいる訳ないか。首を傾げながら再び歩き出した女性についていく。

 年は20代後半から30代前半といったところか。すらっとした長身で、眼鏡をかけていなければ振り返る男性も多いのではないかと思う。一見地味に見えるが、手首には唯一お洒落を意識してかシルバーのブレスレッドがはめられていた。

 女性は表通りにあるメジャーな珈琲ショップではなく、裏道の人の入っていなさそうな珈琲屋に入っていく。今更店のチョイスも出来ず、黙って後に続いた。

「あの…。すいませんね、わざわざ。」

 運ばれてきたブルーマウンテンを一口啜って、滝本は改めてお礼を言う。なんで自分がお礼を言っているのか分からなくなってきたが、そんな雰囲気だった。

 二口目を飲み、店内を見渡した。やや薄暗い照明が店の雰囲気を作り出している。天井にファンが回っており、珈琲豆の香りが店内に行き渡る様にしていた。

「説明会はいかがでしたか?」

 女性は珈琲に口もつけず、ぽつりと呟いた。

「は?」

「説明会。行かれたのでしょう?」

 そう言って眼鏡を外し、結わえていた髪を解く。がらっとイメージが変わり、一気にやり手のOLに見える。先ほど会った時と今とじゃ随分イメージが異なる。

「あ、ああ。…え?」

「SAコーポレーションの説明会です。」

 若干イラついた素振りを見せて、女性は言う。

「ああ。行きました。あれ…?これって言っていいのかな。」

「あなた、騙されていますよ。」

 飲みかけた珈琲を溢しそうになる。

「騙されている?」

「申し遅れました。私、朝田と申します。」

 朝田と名乗った女性は、ここでやっとカップに口をつける。そして口をつけたまま、淡々と述べた。

「先程、あなたにつけられていた盗聴器は外させて頂きました。正確には脱いで頂いたのですが。」

「…盗聴器?」

 滝本は少し考えて、さっきまで着ていた上着の事を思い出す。

「あなたの部屋に用意されていた上着には、全て小型の盗聴器がつけられています。」

「な、何のために?」

「あなたの言動を監視するためにです。」

滝本は呆気に取られた。なんなんだ…。人のことをからかっているのか?

「盗聴器はクリーニングから戻ってきた際、そのままにしておいて下さい。逆に怪しまれますので。」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

しばらく考えて、頭の中を整理しようとする。

「…あなたは一体、何者です?」

その質問に、朝田は一呼吸間をおいて口を開いた。

「セカンド・ライフの退廃主義者です。」

 開いた口が閉じないとはこのことか。滝本は言葉を失った。

「退廃主義者って…。」

 思わず周囲を見渡した。幸い周りには誰もいない。

「その退廃主義者のあなたが、私に何の用です?」

 朝田はカップを皿に戻し、手を胸に当てる。

「私に協力して欲しいんです。」

「協力って…。」

 何と言っていいのか分からない。

「セカンド・ライフは自殺志願者などの自殺を予防し、新しい人生を与えることが目的と言われています。」

「…説明会で聞きました。」

「ですが、本来の目的は違います。」

「違うって…、何が?」

「今はまだ言えません。協力して下さるのでしたら、ご説明します。」

 滝本は朝田を見つめた。やや褐色がかった瞳には、嘘をついている様な気がしなかった。

しかし、犯罪者の協力をしろと言われても…。

「困惑するのも分かります。あなたは今日の記憶しかない訳ですし、突然こんなお願いをしても躊躇するとは思います。」

「いやいや、おかしいでしょう。いきなり協力って言ったって、何も分からないし、何も出来ませんよ!」

「あなたにしか出来ないんです。」

「あのね、私はヒーローでも何でもありませんよ!何の協力も出来ません。それに、…退廃主義者って、犯罪者じゃないですかっ。」

 思わず口が滑ってしまった。犯罪者とは言い過ぎた。朝田は顔を伏せ、何やら考えている様子だった。

「あ、いや…。言い過ぎました。退廃主義者といったって、実はあまり良く分かっていないし。」

 訂正するも、朝田はそんな言葉を気にした風ではなかった。

「あなたにしか出来ないんです。」

 先程と同じ言葉を発した。

「あなたは、SAコーポレーションの創設者ですから。」

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