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Second Life  作者: ROA
2/22

「厚生衛生省 国家精神衛生課」

          2



 二日酔いにしても酷過ぎる。

昨晩の記憶が飛ぶだけなら分かるが、さすがにどんなに飲んでも自分自身は忘れたりはしないだろう。

 男は先程まで横になっていたベッドに腰を下ろし、手で顔を覆うように考えていた。

 名前は?仕事は?家族は?

何も思い出せない。なにひとつ浮かんでこない。

「どうなってる…。記憶喪失か?」

 軽く握った拳で頭を叩いた。

ふと視線が部屋の脇にあるテーブルにいく。

何やら紙のようなものが置かれてあった。男は何気なく、その紙を引き寄せた。





『セカンド・ライフ』を施行された方へ



ようこそ、セカンド・ライフへ。

あなたはこれから、第二の人生を送ることになりました。

今までの人生、交友関係、悩みなど全て白紙に戻し、新たな第一歩を踏み込むことが出来るのです。勇気を持って、新しい人生を築いていって下さい。



新しい人生を始めるに当たって、あなたの新しいプロフィールが必要になります。

あなたの新しいお名前は、「滝本耕一」に決定致しました。

住所・本籍・生年月日はIDカードに記載しています。

また、新しい生活を行う上での要領、注意事項は別紙に掲載しておりますのでご確認下さいませ。

尚、当面の生活費として保証金が受給されます。

保証金は新規銀行口座にご入金しております。通帳、印鑑ともに新しいお部屋にご用意してございますのでご利用下さいませ。



それでは、素晴らしいセカンド・ライフを。

以上



厚生衛生省 国家精神衛生課





 思わず読んでいた紙を落としてしまった。

「な…なんだ、これは…」

 視線をテーブルに向けると「カード送付のご案内」「セカンドライフのご説明、ご注意」と書かれた用紙が置いてあった。その用紙にはIDカードと思われるカードが貼られている。

他にも「滝本」と刻印された印鑑、通帳が置かれていた。

 男はまずIDカードを剥がして確認してみる。

見覚えのない住所、本籍がカードに打ち込まれており、生年月日や先程の滝本耕一という名前も同じく打ち込まれている。

注意書きとしてその用紙には、「このカードは、お客様の新しいセカンド・ライフの重要な情報が記載されておりますので、大切に保管して下さい。

尚、万一カードを紛失、盗難された場合は至急にお電話下さい。」と記載されており、紛失・盗難デスクとして電話番号が書かれている。

 男はそのまま「セカンド・ライフのご説明、ご注意」の用紙に目を通した。





「セカンド・ライフのご説明、ご注意」

 セカンド・ライフとは、2005年に国家精神衛生法が可決され、国で認められた法案です。

現在のストレス社会において数々の人が悩み、苦しんでいる現状を打破するために生まれた手段であり、希望と言えるでしょう。

尚、この法案は国民の混乱を招く可能性があるとして、国家機密で行っております。セカンド・ライフが必要と該当された方を選出し、本人の意思を尊重して行っておりますので、ご安心下さい。

 セカンド・ライフは特別に何をする訳ではありません。思いのまま、新しい人生をスタートして下さい。



では、簡単に「セカンドライフの始め方」をご紹介しましょう。



1、まずは落ち着くこと。あなたは目を覚ました時、以前の記憶がありません。焦らずに、まずは落ち着くことが大切です。



2、気持ちが落ち着きましたら、次は「カード送付のご案内」をご覧下さい。あなたの新しいお名前、住所、生年月日、本籍が書かれています。あなたの人生に必要不可欠なものですので、ぜひ覚えておきましょう。



3、次には、生活するために仕事を探す必要があります。セカンド・ライフ以前に取得していた資格もございますが、記憶障害の原因となりますので運転免許証以外の資格は破棄しております。ご了承下さいませ。



4、セカンド・ライフはお一人で始めるものです。新しい人生のスタートは、過酷ですが一人から始まります。家族も持ってはおりませんし、友人も恋人もおりません。新しい人生はこれから、あなたが創っていきましょう。



 最後に「セカンド・ライフの注意点」について触れておきましょう。

何より大事なのは、以前の記憶を取り戻そうとしないこと。あなたは忘れておりますが、セカンド・ライフは本人の承諾を得て施行しております。

以前の記憶を思い出す際、記憶障害が起こり重大な脳の損害に繋がることが考えられます。

その為、新住所はあなたに関連のない地域で選ばれております。万一、以前のあなたのことを知る人に会う機会があったとしても、その方には国家精神衛生法に基づき、対処して頂く形になります。施行されたあなた自身も、自身からセカンド・ライフ施行者と他人に公表することは許されません。その場合、厳正に対処致されますのでご注意下さい。

尚、国家機密の法案の為、以前あなたにご説明させて頂いた法案の内容の記憶も消去させて頂いております。

何か不安なこと、疑問などございましたら国家精神衛生サービスセンターが承ります。





それでは、あなたの新しい人生のスタートです!!



 厚生衛生省 国家精神衛生サービスセンター

○○‐○○○○‐○○○○





 男、滝本は呆然とした。

「厚生衛生省…?」

 聞いたこともない行政機関だが、今の自分の現状を考えると信じる他ない。

「夢にしては、リアル過ぎるな。」

 思ったより自分が冷静なのに驚いた。

一息ついて、テーブルに置かれてあった通帳を開いてみる。

中には三十万円の預金がされてある。これで当面の生活をしろということらしい。

通帳を閉じて、改めて部屋の様子を伺う。

 テレビやベッドなど生活用品はあるが、よく見れば他に何もない。自分の生活を証明するものはどこにもなかった。

「新しい、人生か。」

 自分は何故、今までの人生を捨てたのだろうか。

発行されたIDカードには生年月日が記されている。どうやら今年で44歳になるようだった。

正直、この年で再就職はしづらいだろう。資格も失って、一体どこの企業が雇ってくれるのだろうか。

大きく溜息をつき、ベッドに横たわる。

 先程まで寝ていた枕元に、携帯電話が転がっていた。滝本は寝転んだまま携帯を開いてみる。

携帯の着信・発信履歴はなし。しかし、アドレス帳には意外なことに一件登録されていた。

「国家精神衛生サービスセンター…。」

 セカンド・ライフで悩みがあったら問い合わせてくれというヤツか。

滝本は体を起こし、少し悩んでから発信してみることにした。

つつつ…と電子音が聞こえ、コール音が鳴る。

「はい、こちらSAサービスセンターです。」

 女性のオペレーターに繋がった。

「あ、もっ…もしもし…。」

 思わず言葉を濁してしまう。

「はい?いかがされましたか?」

 電話の向こうで首を傾げている様が伺える。

「…これは、国家精神衛生サービスセンター…ですか?」

 先程の「セカンド・ライフのご説明、ご注意」の用紙を見ながら読み上げる。

しばしの沈黙があり、女性オペレーターが問いかけてくる。

「失礼ですが、IDカードはお持ちでしょうか?」

「あ、…はい。」

「そちらのIDカードのお名前の下に、IDナンバーが記載されております。恐縮ですが、お読み頂いても宜しいでしょうか?」

 滝本はIDカードを取り出し、指定された場所を確認してみる。

「えっと、SA‐0008456。」

 受話器の向こうから、キーボードを打つ音が微かに聞こえてくる。

「失礼致しました。滝本耕一様ですね。こちら、国家精神衛生サービスセンターの塚原と申します。」

 なるほど。いきなり正式名で受け答えする訳にはいかないということか。

「この度は、新しいセカンド・ライフのスタート、おめでとうございます。本日はどうされましたか?」

「いや、ちょっと…困惑してて…。」

 何を言っていいのか分からず、そう応える。

「お察し致します。多くの方が当日にお問い合わせ頂きますのでご安心下さい。」

 問題ありませんよという具合に、オペレーターは言う。

「もし宜しければ、セカンド・ライフ施行者の方々に説明会を行っております。ほとんどの方が受けに来られますので、いかがでしょうか?」

「説明会…ですか。」

「はい。『セカンド・ライフのご説明、ご注意』についてお読み頂いたと思いますが、書面では掲載しきれなかった部分をご説明し、質疑応答などを踏まえて開催しております。これからどうすればいいのか、仕事はどうすればいいのかなど、悩みも多くあると思います。勿論、無料でご提供させて頂いておりますのでお気軽にお越し下さい。」

 慣れたような口調で述べる。

 滝本はオペレーターに本日の午後説明会に行くことを告げ、終話ボタンを押す。

 とりあえずこれでやることは出来た。

IDカードに記載された現住所を見ると、説明会が行われる場所まで一時間近くかかりそうだった。

滝本は枕元にある時計に視線を向ける。

「こんな時間か。もう出ないとまずいな。」

 そう言ってベッドから立ち上がり、クローゼットを引き開ける。

全く用意されていなかった食器類とは違い、衣類はいくつか用意されているようだった。

滝本は適当に真新しいシャツ、黒のブルゾン、同色のスラックスを取り出し着替える。髭も剃りたかったが、時間がないので諦めることにした。髪の毛もボサボサだったため、クローゼットに入っていたニット帽を被ることにする。

そして先程使用した携帯電話と、IDカード。通帳の横に置いてあった革の財布と部屋の鍵と思われるキーケースを手に取る。

財布の中には丁度一万円入っており、カードも小銭も他には何も入っていなかった。

 滝本は無造作にポケットにしまい、玄関に置いてあったスニーカーを履いて部屋を出た。

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