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Second Life  作者: ROA
18/22

「二人だけの暗号」

          17



 遥は、色鮮やかに装飾されていたイルミネーションの傍らにあるバーに入った。

店内を見渡すと、クリスマスの時期のため男女の客が目立っていた。遥はカウンターの端の席を選んで座る。

店内はブルーをメインとした照明に照らされ、JAZZが流れていた。

ここなら安心して居られるだろう。ビジネスホテルも近くにはあるが、今は一人になるのが正直怖かった。それに、今日は眠れなさそうだった。

遥はバーテンダーにギムレットを頼む。バーテンダーはシェイカーにジンとライムジュースを入れ、シェイクする。カクテルグラスに注がれ、遥の前に出された。

ギムレットとは大工道具の一種で、コルクスクリューに似た形の錐のことを言う。味のシャープさからこの名がついたとされる。この店のギムレットはライムジュースを使っていることから、辛口志向なのだろう。

 一口飲んで、遥は思考を巡らす。

 何度か滝本に連絡を入れ、ようやく連絡がついた。遥は自宅に誰かが侵入した形跡があることを話し、今いるバーの名前を伝えた。滝本は「すぐに行く。」と言って電話を切った。

カウンターに肘を着き、その手で額を押さえる。

部屋に侵入した犯人がどうやって遥の自宅を突き止めたのか考えていた。会社に提出している資料は偽っていた。そこから住んでいる場所を割り出すことは出来ないのだ。

 …尾けられたていた。

そう考えるのが自然だった。しかし、何故尾けられたのだろうか。正直、露見してしまうミスは犯していないと思う。

もしSAコーポレーションの人間だとすれば、井川沙織でないことはバレている。

遥はギムレットを飲み干し、バーテンダーに強めの酒を頼む。しばらくして、テーブルに赤いリキュールで造られたカクテルグラスが置かれた。

「ウイスキーとチェリーリキュールで作ったカクテルです。都会の夜のハンターという意味があるんですよ。」

バーテンダーはそう言って「気を付けて下さいね。」と付け加えた。クリスマスの時期に一人でバーに来ている遥に対して、プレイボーイに気をつけろという意味らしい。

一口飲むと、ウイスキーの濃厚なコクの中に、チェリーリキュールの甘みがうまく調和していた。

遥は何気なく手首にはめてあるブレスレッドをいじり、行き詰った思考を整理した。

尾行され、部屋に侵入された原因は今は分からない。だが、もう社長秘書として会社に行くことは止めておいた方がいいだろう。

ブレスレッドに刻印してある文字を指でなぞりながら、溜息をつく。

ブレスレッドには「AHY」と刻み込まれていた。これは「ASADA」、「HARUKA」、そして兄の名前である「YOUSUKE」の頭文字を取って刻印したものだった。兄のブレスレッドには、「AYH」と遥と兄の名前が逆になって刻印されている。小さい頃によく作った暗号の一つだった。他にも、子供ならではの暗号を作って、それを解いたり、考えたりして遊んでいた。遥が夢中になったのは、兄が作った暗号を近くの公園に隠し、それを解いて回るというものだった。最後の暗号を解くと、「正解」という紙が見つかるという宝探しゲームの一種だった。

白川武志の遺体にはめられていたというブレスレッドを確認した時、「AYH」と刻印されているのを見て愕然とした。警察に言っても、歯形やDNAが一致したので遺体は兄のものではないと説明された。

警察署を出た遥は、実際に白川武志の自宅に行ってみることにした。大家に鍵を借り、室内を調べる。

ヒントは本当に小さいものだった。

遥は机の隅に矢印が小さく書かれていたのを見つけた。それは、小さい頃に兄弟で遊んだ暗号ゲームに使っていた、「スタート」という意味の矢印だった。遥はその矢印の先にまた矢印があることを確認する。その矢印を追って部屋から出た。郵便受けの蓋、アパートの裏の壁、そしてそこにあったプロパンガスの脇にマジックで「正解」と書かれていた。周辺を調べると、ビニールに巻かれていた紙が見つかった。それがセカンド・ライフの案内手引きだった。

兄はセカンド・ライフの存在を示すその紙を巧妙に隠していた。

記憶を失っていてもこの隠し方をことを覚えていたのか、誰かに見つけてもらうために隠したのか、もしくは何らかのきっかけで記憶が戻り、妹に見つけてもらうために隠したのかは定かではないが。

それよりも何故、朝田洋介が白川武志になったのか。そして、あの白川武志の遺体が遥の兄「朝田洋介」であることを確信し、涙が溢れ出した。

全ては、あの兄の暗号から始まったのだ。

遥はチェリーリキュールのカクテルグラスを軽く回しながら、思い出していた。

「暗号」と言えば、Yumiである桐原が残した暗号がある。あの意味は一体、どういう意味なのだろうか。一つ目の暗号は解いたとしても、残りの暗号がいまいちぱっとしない。しかも、何故わざわざローマの諺を使っていたのか…。

「ローマと言えば…、イタリア。有名なのは真実の口、トレビの泉、コロッセオ…。」

遥は首を振った。どれもピンとこない。

その時、店のドアが開く音が聞こえた。バーテンダーが「いらっしゃい。」と声を掛ける。遥は滝本が来たのかと振り返った。しかし、入ってきたのは手を繋いだ男女だった。

ふと、視線に店の名前で作られた「Fructus」という電飾の看板が眼に入る。

フルークトゥスと読めばいいのだろうか。

「ねぇ。この店の名前、どういう意味?」

カウンター越しに、バーテンダーに聞いてみる。

「当店の名前は、ラテン語で『果実』という意味なんです。」

なるほどね、と頷く遥を見てバーテンダーは口を開く。

「マスターがローマが好きみたいで、あの名前にしたそうです。」

「ローマって、イタリア語じゃないの?」

「現在では殆ど使われていないそうですが、ラテン語は昔ローマ帝国の公用語だったそうですね。」

そういえば、ローマの諺はラテン語である。大学で、「二兎を追うものは一兎をも得ず」という諺は、ローマの「二匹の野兎を追いかける者は、どちらも捕らえない。」という諺から来ていると聞いたことがある。そのローマの諺はラテン語であると学んだ覚えがあった。

遥ははっとした。桐原が残したメッセージを思い出す。

バーテンダーに奥の空いているテーブル席に移動させて貰い、鞄からパソコンを取り出す。

あれはローマの諺だった。英語で書かれていたためすぐに気付いたが、本来はラテン語で書くべきである。そして、SAコーポレーションの会社名がラテン語だったと滝本が言っていた。

あのメッセージは、ラテン語に翻訳しなければならなかったのだ。

起動したパソコンをネットに繋げ、ラテン語の翻訳サイトを探す。しかし、そんなサイトはなかなか見当たらない。他の単語で検索する。すると、「ラテン語格言」という項目でヒットした。そのページには、ラテン語で書かれた格言がリストアップされている。

遥は鞄から桐原のメッセージを書き写した紙を取り出し、ひとつひとつリストと見比べながら意味の合うものを探した。



1、Verba volant, scripta manent.

(言葉は飛び去るが、書かれた文字は留まる。)

2、In principio creavit Deus caelum et terram.

(初めに神は天と地を作った。)

3、Unus multoram.

(多くの中のひとつ。)

4、Rerum Concordia discors.

(不一致の中の調和。)

5、Si vis amari,ama.

(もしあなたが愛されることを望むなら、あなたが愛しなさい。)



桐原のメッセージをラテン語に翻訳すると、こうなる。遥は、全ての言葉の意味を考えた。

必ず、この中にヒントが隠されているはず。その答えを見つけ出さなければ、…兄のように殺される。

 遥は片手でブレスレッドを握り締めた。

 「…まさか…、こういう意味だったの?」

 メッセージの中には答えが隠されていた。今までの考えは間違っていたのだ。

Yumiは何者から殺されてしまったが、この推理が正しければおそらくメッセージは全て出揃っている。彼女は襲われる直前、最後のメッセージを投稿したのだろう。

そしてもう一つ言えることは、彼女は記憶が戻っているということ。でなければ、こんなメッセージは残せないはずである。

 その時、遥の隣に一人の男が腰を掛けてきた。パソコンのディスプレイから顔を上げ、遥は視線を向ける。

 「…あなたは…。」

 隣に腰を掛けていたのは、滝本ではなかった。

 「下山、拓馬君…?」

 突然現れた拓馬の手には、折りたたみ式のナイフが握られていた。

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