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Second Life  作者: ROA
17/22

「穴だらけの防犯」

          17



 都心の駅から歩いて10分のところに、井川沙織の「実際」のマンションはあった。

ダークグレーを基調としたその5階建てのマンションは、住宅街に囲まれていた。桐原の時とは違って、セキュリティーも「ある程度」はしっかりしているようだった。

拓馬はまずリストに書かれていた住所に行ってみようとしたが、そんな住所はなかったのだ。あの秘書は、何故か知らないが住所を偽っていた。

心の中で、殺害すればいいと思っていた気持ちが揺らぎ始めていた。好奇心の方が勝っているのを感じる。

あの女には何かある。拓馬は殺害するのは先延ばしにし、それを調べることにした。

 通常の勤務を終了した後、ビルの向かいのレストランで井川が仕事を終えるのを待つ。22時を過ぎた頃、ビルから井川は出てきた。拓馬はレストランを出て、一定の距離を保ちながら尾行した。

実際の井川のマンションは、リストに書かれてあった住所とは全く逆の住宅街にあった。

郵便受けを確認してみたが、「井川」の苗字はどこにも書かれていない。拓馬は、少し離れたところでマンションを確認することにした。マンションの部屋が全て見渡せる場所に立ち、部屋の電気を点けるのを待つ。どうやら、3階の角部屋が井川の部屋のようだ。とりあえず初日はこれで自宅に戻ることにした。

次に井川のマンションに来たのは、仕事がオフの時にした。

狙いはまず郵便物。郵便物によっては世帯主が一人暮らしなのか、そうでないのかが分かる。

ポケットから携帯電話を取り出し、耳に当てる。周囲には電話をしている様に見せかけ、設置されている監視カメラの位置を確認した。

 エントランスに入るためには暗証番号を入力しなければならないようだった。それを入力するためのテンキーの背後に一台監視カメラがついている。郵便受けはそのテンキーの横にあった。

自動ドアを通らなければ、郵便受けを開けられない。そして、上手くエントランスに入ったとしても、郵便受けにも暗証番号が設置されているだろう。いちいちそれを解読するのは時間の無駄だ。もっと簡単な方法がある。セキュリティーがしっかりしているのなら、人間の慣性を利用すればいい。

 拓馬はとりあえずエントランスの中に設置されていたマンションの案内図を見る。その中から3階の角部屋の部屋番号を確認した。どうやらそこは305号室のようだった。そのまま井川の郵便受けの位置を確認する。

305号室には「朝田」と書かれていた。井川は誰かと同居しているのも知れない。

 しばらく携帯を耳に当てたまま、その場に留まる。数分後に、エントランスの先に見えるエレベーターのランプが灯った。拓馬はエレベーターから陰になる位置で、待機する。すぐにエレベーターから一人の男が降りてきた。タイミングを見計らって、拓馬は携帯を耳に当てたままテンキーの場所に歩いていく。そして、テンキーを押す振りをしたところに、エレベーターから降りてきた男が自動ドアを開けて出てくる。拓馬は携帯の相手と話すようにしながら、エントランスに入り込んだ。

 心理的にマンションから出てくる時の方が警戒心は緩む。ましてや、それが男なら尚更だ。さっきの男は拓馬に何の警戒心も感じず歩き去っていった。アパートと違って、マンションは住人が多い。誰が住んでいるのかなんて、近所付き合いのない現代人には分かりはしない。

 拓馬はエントランスにあるソファーに腰を下ろしながら携帯の液晶で今の時間を確認する。ここでは辛抱して待機する必要がある。

30分後、思ったより早くそのタイミングは来た。マンションの入り口の前に、赤いカブが停まった。郵便の配達員だ。

拓馬は立ち上がり、配達員が後ろのボックスから郵便物を取り出すのを見る。五階建てのマンションだけあって、その数は多い。

今度は配達員が郵便受けに歩いて来るタイミングを見て、エントランスを出る。丁度鉢合わせになる形だ。

拓馬は一度配達員に頭を下げ、通り過ぎる。そして、微妙な合間を作って振り返る。

「あ、305号の朝田ですけど。うちのあります?」

郵便物を投函しようとしていた配達員が振り返る。

「あ、ちょっとお待ち下さいね。」

そう言って手に持っていた郵便物からいくつか抜き出して拓馬に手渡す。

「どうも。」

拓馬は受け取ってマンションを後にした。

配達員も、何の警戒心もなく郵便物を渡した。いくら防犯処置をしようとも、近所付き合いのない生活、これが最大の落とし穴である。

エレベーターから降りて来た男は近所付き合いがなかったため、赤の他人をマンション内に入れた。配達員もマンションの住人にいつも渡している訳ではない。ただ表札をぶら下げている郵便受けを相手に投函しているのだ。それが当たり前になっている。そんな普段の慣れが、防犯効果を弱めているのだ。鉄壁の防御をした要塞だろうと、全く意味をなしていない。

 拓馬は手に入れた郵便物を見る。全部で4通あったが、全て宛先には「朝田遥」と書かれていた。

「まさか、あの女…。」

 拓馬は確信した。あの女は住所だけではなく、名前すら偽って会社に潜り込んでいる。

 一度自宅に戻って、中身を確認した。

便箋は粘着部分に熱を加えて、ゆっくりと剥がす。そうすればまた元通りに貼り付けられる。やや皺が寄ったりしてしまうが、防犯意識のない人間では気付くこともないだろう。

拓馬は3通目の便箋を開け終えて、とりあえず井川が一人暮らしなのが分かった。

一度、部屋に侵入してみる必要がある。

拓馬はパソコンを取り出し、ネットを繋げた。最近の住宅情報はホームページを持っているところもある。井川のマンションを検索してみれば、案の定ホームページが作られていた。

いくつかある項目の中に「セキュリティー」と書かれた場所がある。そこをクリックすると、監視カメラの位置、部屋の鍵は何を使っているのかご丁寧に載せてある。これだけの防犯システムがあります!というアピールだろうが、逆に手の内を明かしているようなものである。

井川のマンションは「ディンプルキー」を採用しているらしい。

ディンプルキーとは、鍵の表面にでこぼことした窪みがあるタイプの鍵である。この窪みの大きさや深さを変えて、約3億通りの鍵のパターンが作れる代物だ。さらに、シリアルナンバーが打っているため、登録者とナンバーが一致しなければスペアキーすら作れない。かなり安全な鍵と言える。

しかし、ベーシックなタイプであれば、ある工具とアルミホイルを使えば30秒で開く。そうでなくても2~30分で開いてしまう。

 マンションのホームページにわざわざ鍵のタイプを記載してくれているお陰で、必要な工具だけをチョイスして行けた。



 翌日、仕事帰りに再び井川のマンションに来た。

今度は部屋に侵入するつもりで、工具を入れた鞄を肩から提げている。今回はニット帽を被り、万一人に見られても顔がバレないように服装も意識してきた。

 井川は毎日22時過ぎにならないと帰宅しない。のんびりやっても時間は余るくらいだ。

マンションに入り込むのは、昨日とほぼ同じような手口で侵入した。エントランスに入った拓馬は、まず元通りに戻した便箋を郵便受けに戻し、エレベーターに乗って305号室に向かう。

人がいないことを確認してから、手元を鞄で隠しながら解錠を試みる。30秒をちょっと過ぎたくらいで、ドアは開いた。

部屋に入り、鞄からライトを取り出す。時計を見ると、21時を過ぎたところだ。

 室内は綺麗に整頓されていて侵入の痕跡を残さないことに気を使わされたが、物色はし易かった。

クローゼットの中、デスクの周り、ラックの中と、隈なく調べる。

やはり、部屋の中には「井川沙織」の名前はない。ここに住んでいるのは「朝田遥」だった。

 ある程度調べ終わり、時計の針が22時を指す前に部屋を出ることにした。

拓馬はこの部屋で待ち伏せをして井川を殺害するつもりはなかった。マンションの監視カメラにはしっかり自分が映っている。殺すなら別の場所だ。

部屋に侵入した痕跡がないことを確認するため、周囲を見渡した。

ふと、壁に掛けてあったコルクボードに注意が向いた。

そこには数枚写真が貼られてある。友人と撮ったものだろうが、間違いなくあの秘書の顔だった。

「…おいおい、これはどういうことだ…。」

そのコルクボードに飾られていた写真を見て、拓馬は眉間に皺を寄せる。

「そうか。そういうことか。」

拓馬は頭の中で一本の線が繋がった。朝田遥が秘書として潜り込めた理由がはっきりした。

「こいつとグルだったのか…。」

そろそろ井川が帰ってくる時間だ。部屋を出ないとまずい。

玄関に向かおうとした時、足に何かがぶつかる。小さく舌打ちし、足元をライトで照らした。

どうやら壁際に配置されているラックの雑誌を蹴飛ばしてしまったようだ。

それを元に戻し拓馬は部屋を出る。鍵はオートロックのため、閉める必要はなかった。

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