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Second Life  作者: ROA
16/22

「侵入者の痕跡」

          16



 夜風が格段と冷たくなってきていた。

 街並みも随分イルミネーションが目立ち始め、華やかさを演出していた。その装飾は年々派手になってきている気がする。

周りには、男女がイルミネーションを背景に写真を撮っていたり、ベンチに座って楽しそうに会話をしていた。

 もうクリスマスか。

今年はツリーを飾ることもなく過ぎていくのだろう。

 遥は冷えた手に息を吐き、カップルの間をすり抜けて街を歩いていた。

 まだ養父の家にいた頃、クリスマスプレゼントといって兄はお揃いのブレスレッドを買ってくれた。小さい頃二人でよく作って遊んでいた暗号を刻印して。

 思えば、クリスマスに恋人と過ごしたことはなかった。いつも兄と映画を見に行ったり、二人でクリスマスパーティーをしたりしていた。ただ、二人ともこの時期はタイミング的にいつも一人だったからかも知れないが。

 遥が成人して養父の家を出る時、お互いの仕事先が離れていたため別々に暮らすことになった。

なかなか会う機会がなく、初めは寂しかったが段々とその環境に慣れていった。

 最後に会ったのはいつだったろう。

 兄は白川武志として殺害された。警察に引き渡して貰うことも出来なかったため、墓すらない。まだ戸籍上は生きていることになっているのだ。

 セカンド・ライフ。白紙に戻して、新しい人生を生きていく方法。

 人は人生を白紙にすることは出来ない。例え本人が全て忘れても、それまでに出会った人はその人のことを覚えている。

 ふと、滝本のことが頭に過ぎる。

 滝本と湯澤と三人でSAコーポレーションに侵入し、そこで滝本が手に入れた引き出しの鍵コピー。

湯澤によってスペアキーが作成され、引き出しは開いた。

侵入した際に開けなかったのは、ゆっくり確認する暇がないと思ったからだ。鍵さえ手に入れれば、後で滝本がちゃんと中身を確認出来る。

桐原由美が殺害された翌日、滝本は引き出しを開けた。中身は、一つのUSBメモリーが入っていた。そのUSBメモリーの中には、今までのセカンド・ライフの施行者の詳細が記録されていた。

施行前の戸籍情報と、施行後の作られた戸籍情報がリストされていた。施行者は全部で29人。やはり、全ての自殺志願者に施行されたものではなかった。

そのデーターの中には、現在は滝本である戸神、湯澤、そしてYumiの情報も載っていた。勿論、遥の兄の名前も。

まず湯澤浩二は、驚くことにSAコーポレーションの社員であった。Second Lifeの開発に携わっていたようだ。それを知った湯澤自身はハッカーではなかったと残念がっていたが…。

そして、桐原由美。桐原も同じくSAコーポレーションの社員であり、以前の名前を斉藤美嘉といった。つまり、社長秘書であった美嘉が桐原由美だったのだ。セカンド・ライフ施行者は全て会社内の社員だったという訳だ。

また、ひとつUSBから新たな情報を得ることができた。セカンド・ライフを施行されたリスト以外に、「施行予定候補者リスト」も合わせて入っており、そこには戸神や湯澤の名前はなく、斉藤美嘉の名前のみ記載されていた。美嘉以外はイレギュラーな施行だったのかも知れない。

美嘉は自ら退職したと言われているが、セカンド・ライフを施行されていた。

滝本とすれ違っていた説明会に参加した後、退廃主義者となってSecond Lifeを介しながら何かしらのメッセージを送っていたのだ。おそらく同じ退廃主義者に向けて。

そして、その行動が見つかり殺害されたということだろう。

滝本が言うには犯人は男だったという。あのアパートから飛び降り、逃げていった。幸か不幸か、遥と完全にニアミスだった。

犯人はSAコーポレーションの社員か、厚衛省の役員だろうか…。

まだ謎はある。

いまだに分かっていないのは、セカンド・ライフの目的、それと方法である。

滝本が遥に協力しているのはおそらく、自分が記憶を失った理由を知るため。それが解明したら、その後の協力は求められないかも知れない。

湯澤の目的は以前の自分を知ることだった。彼に今後の協力を求めるのは契約外であった。

そして遥の目的は、兄の死の意味を知ること。これはセカンド・ライフの目的を暴かなければ見つけられないだろう。

 最悪の場合、また一人でやり合わなければならないかも知れなかった。

 遥は思考を巡らしながら、帰路についていた。気付けば、すでにマンションの入り口まで来ていた。

 4桁の暗証番号を入力し、自動ドアを抜けてエントランスに入る。そして、郵便受けも同じように暗証番号を入力し、ロックを解除する。丁度エレベーターが一階に向かって降りてきているところだった。

遥は郵便受けからいくつかの便箋を取り出す。そして、エレベーターから降りて来た男とすれ違ってから、扉が閉まる前に急いで乗り込む。

 遥の部屋は3階にあった。部屋の前に着くと、鞄から鍵を取り出してドアを開ける。玄関の照明を点け、奥の部屋に入っていく。

間取りは1LDKだった。部屋の中はシンプルな家具で統一されており、窓際にベッド、その横にワークスペースとして黒と白のツートンのパソコンデスクがある。そして、部屋の中央にラグが轢かれており、ガラスのセンターテーブルと赤色のビーズソファーが配置してある。その向かいに遥の身長と同じくらいの高さのシステムラックがあった。

 遥は部屋の電気を点け、リモコンを操作して暖房を入れる。そして、パソコンデスクに鞄と郵便受けにあった便箋を置き、椅子に上着をかけた。

 体が冷え切っていたので、まずはシャワーを浴びることにした。ここしばらくは湯船に浸かっていなかった。疲れが取れないのも仕方が無い。

 遥はざっとシャワーを浴び、パーカーとスウェットに着替えた。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ビーズソファーに腰を下ろす。

そのまま手を伸ばしてパソコンデスクに置いた便箋を取る。ガラステーブルの横にあるハサミを手に取って、便箋の端を切ろうとした。しかし、そこで手が止まった。

 遥は眉間に皺を寄せて、便箋の接着されている部分を見る。僅かだが、雨に濡れたような皺が出来ていた。ここ最近、雨は降っていない。ハサミを置いて、接着面の端からゆっくりと剥がしてみる。

粘着力が弱っているのか、そのまま開封された。遥は嫌な予感を胸に、他の便箋を見てみる。同じように、手で剥がしながら開封できた。

 誰かに開けられている…。

 背筋に冷たい悪寒を感じ、ふと目の前にあるシステムラックに目がいった。ラックにはCDや本、雑誌などが収納されていて、スライドすれば奥にも収納スペースがある大容量のラックだ。その手前には雑誌を飾っておけるディスプレイラックがあるのだが、何か違和感を感じる。

 遥は立ち上がって、ディスプレイラックに飾ってある雑誌を手に取ってみた。確認してみると、その雑誌の裏表紙が折り曲がって収納されていた。

嫌な予感は的中したどころではなかった。

 いつもこのディスプレイラックに雑誌を置く時、たまにこうやって裏表紙が折り曲がってしまうことがあった。そのため、いつも気を使って収納していたのだ。

 間違いなく、この部屋に誰か侵入している。

 金銭的なものが取られていないことを考えると、空き巣ではない。

まさか…、セカンド・ライフを詮索しているのがバレてしまったのだろうか…。

 万一のことを考えて、今まで調べていたデーターは部屋には置いていない。それは幸いだった。

 とにかく、今日ここで一夜を過ごすのは危険だ。

 遥はすぐにスーツに着替え、髪も乾かさずに部屋を出た。

 外気はシャワーを浴びたばかりの体には厳しかった。濡れた髪が冷えていくのを耐えながら、なるべく人通りの多い場所を選んで安全な場所を探す。

 鞄の中から携帯電話を取り出し、歩きながら操作した。発信履歴ボタンを押すと、すぐに滝本の名前が表示された。そのまま通話ボタンを押して発信する。しかし、コール音はするものの出る気配がない。

続けて、少し躊躇った後に湯澤にも電話を掛けてみた。「お客様は、電波の届かないところにおられるか…」というアナウンスが流れる。

 まさか、二人に何かあったのでは…。また嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 遥は不安を振り払いながら、イルミネーションが賑やかな街に紛れて行った。

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