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Second Life  作者: ROA
13/22

「潜入」

         12



 辺りは街のネオンで夜とは思えない明るさを保っていた。普段ではこんなに夜の街が明るいとは感じなかったが、今ではその明るさが不安だった。

黒いブルゾンに、黒のスラックス。まさに全身黒尽くめの格好をしている滝本はそんなことを考えていた。泥棒が黒の服を好んで着るのを、身をもって経験しているようだった。

隣には、同じく黒い服を身にまとった遥、そして珈琲店のマスターである湯澤浩二がいる。

「いいですか、監視カメラの前を移動できるのは5分です。」

そう湯澤が言う。

滝本達はSAコーポレーションがあるビルの裏口にいた。滝本は無言で頷く。

このビルの監視映像は、5分刻みに監視カメラの映像が切り替わるようになっているそうだ。間欠録画と言って、コマ送りで監視映像が録画される仕組みだ。ずっと映像を録画し続けていると、記録テープがいくつあってもキリがない。そして、夜間は人が監視カメラの前を通ると光を照らして録画されるらしい。一度録画が始まると、5分後に人が誰も通らないのであれば、待機状態に入る。監視カメラは映像のみで、音声は録音されていないそうだ。

滝本達の計画はこうだ。ハッカーである湯澤がこの監視システムにハッキングする。そして、監視カメラの前を通る時、カメラをジャックして映像を静止画のままにする。5分後には他のカメラに切り替わるので、カメラの前を横切るのは5分しかないのだ。

「モバイルヘッドセットの確認をします。聞こえていますか?」

そう言って遥が話す。耳に装着している機器からダブって遥の声が聞こえてくる。

滝本は無線機というとあのレシーバーのようなものをイメージしていたが、今ではBluetooth機能がある携帯電話であればこのようにモバイルヘッドセットというものを使用して会話が出来るようだった。

「私と湯澤は14階のCPU室に向かい、下山のパソコンを調べます。」

「分かった。私は副社長室と専務室を調べる。」

「5分の周期は僕が連絡します。1分前に一度連絡しますので、念のためその時には監視カメラの前にいないで下さい。」

湯澤は二人にそう言う。手に持っているノートパソコンには、すでにハッキングしてあるビルの監視映像のモニターが映し出されていた。

珈琲店のマスターであった湯澤。彼もセカンド・ライフの施行者であり、退廃主義者らしい。

遥がSAコーポレーションを調べている時に出会ったらしく、あの珈琲店を拠点として二人で行動していたそうだ。遥の脱帽する情報源は彼がハッキングしたものだった。

「あと1分で裏の通路の監視カメラに切り替わります。」

 滝本達は今日退社する前にビルの裏口のドアに細工をしておいたのだ。ドアノブを回すと、しっかりとノブは回りきる。

「…3、2、1、OKです。」

湯澤のカウントダウンが終わると、ドアをゆっくりと開ける。一階は照明が点けられているようだが、警備員はいない。三人は足音を立てないようにビルの階段へ向かう。エレベーターは使用するのは危険であると湯澤が言うので、目的の15階まで駆け上がらなければならなかった。

途中で遥、湯澤と別れ、滝本のみ15階を目指した。

「滝本さん、聞こえていますか?」

耳元で湯澤の声が聞こえる。

「ああ。」

 短く滝本は答える。

「あと1分で15階の監視カメラに切り替わります。用意して下さい。」

 滝本は先程と同じようにドアノブを掴む。

静まり返ったビルの階段は心細くなるには充分な静けさだ。とても一人でいるものじゃない。武者震いか、怖さか、滝本は一瞬体が震えた。

「…3、2、1、OKです。ジャックしました。」

 ドアを開け、体をその先に滑り込ませる。このフロアに絨毯が敷いてあることに感謝した。

まず受付ブースのフロアを抜け、滝本は奥の部屋に入る。監視カメラの前を通るとセンサーが感知し、照明が灯る。どきっとするが、監視カメラには映っていないはずだ。

まずは専務室から調べることにする。ポケットからマスターキーを取り出し、解錠する。

部屋に入ると、広さは断然狭いがレイアウトはほぼ社長室と変わらなかった。

ぐるっと室内を見渡し、デスクから調べることにした。背広のポケットから小型のLEDライトを取り出し、ひとつずつ引き出しを開けていく。Second Lifeの資料やそのユーザーの統計を調べたデーターなどが入っていた。社長室にも同じものはあった。別の引き出しを開ける。

「これは!?」

 ビンゴだった。社長室では鍵がかかっていた引き出しに、ヘッドフォンのようなものにケーブルがついている機器が入っていた。ラジコンのコントローラーのような装置にそのケーブルは繋がっている。説明会でスクリーンに映し出された「記憶を消すための機械」だった。

「記憶を消すための装置を見つけたぞ。」

 小声で話す。モバイルヘッドセットから、遥の声が聞こえてくる。

「私達もCPU室に潜入しました。下山のパソコンを見つけたところです。」

 滝本は装置を見ながら疑問に思う。ものすごく簡易的なものだが、こんなもので記憶が消せるというのか…。引き出しから機械を取り出してみる。その時、引き出しの隙間にケーブルが引っかかる。その拍子にコントローラーのようなものからケーブルが抜けた。慌てて外れてしまったケーブルを掴むが、その手が止まる。

「おい…、待てよ…。これは…。」

 どう考えてもおかしい。コントローラーに繋がっていたケーブルは、ただ差し込まれていただけだったのだ。

「この装置、偽物だ!」

 しばらくして遥から返答がある。

「分かりました。では、別の部屋に。」

 滝本は舌打ちをし、元あった場所に直しておく。湯澤から監視カメラの周期のカウントダウンを待ち、次は副社長室に忍び込んだ。こちらも同じく、レイアウトは変わらない。小型ライトで引き出しを調べていく。

 一番上の引き出しに、小さい鍵が二つみつかった。その大きさからすると、社長室の鍵のかかった引き出しのものと思われる。その一つを副社長室の引き出しの錠前に合わせてみた。

かちゃっという音がして解錠される。中は会社の売り上げなどの書類だったが、滝本はもうひとつの鍵を持って今度は秘書室に入る。秘書室に入ると奥にコピー機があり、そこに先程の鍵を両面コピーした。

どうやら今、湯澤は下山のコンピューターを調べているのだろう。モバイルヘッドセットから聞こえる遥のカウントダウンに合わせながら、鍵を副社長室に戻しておく。

「そっちに合流する。」

そう言って滝本は副社長室を出た。通路を通り、秘書室の前を通りかかる。僅かだが、その時秘書室がぼんやり明るく光っていた。秘書室は常務たちが通路を通る時に対処出来る様、部屋の正面がカウンターのようになっていて、そこが秘書ブースとなっている。そこから明かりが零れているのが見えたのだ。何か照明器具のスイッチを入れてしまったのかと、滝本は秘書室に戻る。

 秘書室に入ると、秘書ブースにあるランプが緑色に点灯していた。

「秘書ブースに設置されているランプが光っているが。」

 滝本がそう言うと、遥の焦った声が耳元に響く。

「エレベーターが来てます!隠れて下さいっ!!」

 慌てて滝本は秘書室のデスクの下に身を隠す。

耳元では「まさか、侵入しているのがバレた!?」、「いや、ジャックは完璧です!」、「じゃ、警備員の周回!?」、「警備の周回時間は把握しています。気まぐれでなければ、ですが。」という遥と湯澤のやり取りが聞こえてくる。

 微かにエレベーターが到着したことを知らせる軽快な音が聞こえてきた。

まずい、このフロアに入るためにドアを解錠したままだった。

 ドアの向こうで一度解錠する音が聞こえ、がつんっと鍵がかかったままドアを引き開ける音が聞こえる。

滝本は祈るように眼を瞑る。

 しばらくして、また解錠する音が聞こえてドアが開かれた。足音は絨毯のせいで聞こえないが、誰かが通路に立っている気配を感じた。どうやら、周囲を見渡しているようだった。耳元では、遥と湯澤も息を飲んでいるようだった。

 別の音がした。今度は部屋の鍵を解錠する音だ。聞こえてくる場所からすると…、専務室からだ。ドアが開く音が聞こえ、また閉まる音が聞こえる。

 滝本は息を殺し、耳に意識を集中させた。

微かに聞こえてくる音は壁を通して篭ったように聞こえる。部屋に入ったのだろう。

 滝本は小声で言う。

「おそらく、溝口専務だ。今は部屋に入っている。」

 耳元から安堵の溜息が聞こえてきた。

「次の監視カメラのジャックまで1分半です。出て来れそうですか?」

 遥の声が聞こえてくる。滝本は「様子を見て、動く。」と伝える。

 秘書室に設置された壁掛け時計の音が妙にうるさく感じる。今は専務室で音はしないが、すぐに出ては来ないだろうか?通路に出た瞬間、鉢合わせたりすれば言い訳は出来ない。滝本にはこのビルに入ってきた映像がないため、監視映像を見れば一目瞭然だ。この場は上手く逃れられたとしても、もう社長室に入ることは出来なくなってしまうだろう。折角引き出しの鍵のコピーを取ったのだ。見つかる訳にはいかない。

「あと30秒です。」

 今回ばかりは細かくカウントダウンをしてくれている。専務室で動きはない。ここで部屋を出るか?

いつ専務が帰るのか分からないのを待っているのは自分が耐えられなかった。ましてや、夜が明けて明るくなり始めると滝本だけではなく、他の二人も危険だ。

「あと20秒です。」

 自分の鼓動が大きく聞こえる。間違いなく、先程に比べて大きくなっているのだろうが。

 滝本はゆっくりとデスクの下から出る。物音を立てないように慎重に。

「あと10秒。」

 秘書室の入り口まで進む。専務室のドアを覗くと、しっかりと閉められていた。まだ出てくる気配はない。

「3、2、1、ジャックです。」

 滝本は腰をかがめながら、通路に飛び出した。耳に神経を集中しながら、フロアのドアに手を当てる。一度汗ばんだ手を上着で拭いて、ゆっくりとノブを回していく。

ノブが回りきったら、今度は少しずつドアを開けていく。ほんの少しだけドアを開け、その隙間に体を通した。同じように慎重にドアを閉め、滝本は階段へと向かった。途中でセンサーライトが点灯したが、構っている余裕はなかった。

階段まで着いたら、下の階まで足音を立てないように降りていく。

14階の階段には、ほっとした表情で遥と湯澤が待っていた。


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