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Second Life  作者: ROA
11/22

「Yumiのメッセージ」

          10



 お決まりの香ばしい香りが店内に充満していた。

滝本はブルーマウンテンを口に含んで、目の前に座っている遥を見ている。

「専務に会われたんですか。」

そう言って遥はティースプーンでカフェオレを掻き混ぜている。

滝本と遥は先日の珈琲店にいた。業務を装って二人になる時間を作ったのだ。

「好青年だったよ。気は抜けない感がしたがね。」

社長室で見た溝口専務を思い出しながら滝本は言う。

「そうですか。それに、会社内には特に変わった様子はなかったんですね?」

「ああ、気になるとすれば社長室の引き出しくらいだ。」

遥は腕を組み、口を開く。

「それは何か手段を考えましょう。他には何か手掛かりはありましたか?」

あとは会社名がラテン語を使用されていたというくらいだと、肩を落としながら滝本は首を振った。

「君の方は何か収穫はあったか?」

その問いに遥は、戸神が退任した後にすぐ退職をした元社長秘書である斉藤美嘉の所在を調べてみる価値があることと、セカンド・ライフを施行したのは社長の自作自演だった可能性があると伝えた。

「私が自ら被験者に…?」

滝本は驚いた表情で遥を見る。

「それが事実であるとは限りませんが、副社長、専務が強制的に行った可能性もあると考えています。」

「だとしたら、私が戻ってきた時に違う反応があったと思うが。いや、もし仮にそうだった場合、記憶が戻った振りをして会社に戻るのは危険だったんじゃないか。」

「ええ、正直賭けではありました。」

平然と遥は言う。万が一の場合はどうするつもりだったのか…。

「だが、もし九条たちが何かしらの理由で俺を邪魔だと思っていたなら、奴らなら本当に【消す】ことも出来たはずじゃないか。わざわざ記憶だけを消し去ったのには別の理由があるんだろう。」

滝本はソファーの背もたれから体を浮かし、遥に少し顔を寄せる。

「それに、セカンド・ライフに関するデーターは専務の溝口が厚衛省に頻繁に出入りしていることから、その厚衛省に集められている可能性があると思うんだ」

遥は首を振った。

「おそらくそれはありません。」

滝本は眉をあげる。

「厚衛省のデーターバンクに侵入し調べてみましたが、あったのは選任された一般社員のデータのみでした。」

滝本は社長秘書に選任された井川の情報を遥が摩り替えたことを思い出す。

「データーバンクに侵入って、ハッキングか何かで?」

遥は頷く。

「私は、SAコーポレーションの秘密は巧妙に身近なものに隠されていると思うんです。」

「身近なもの?」

「例えば、Second Lifeそのものです。」

そう言って隣の座席に置いてあった鞄からノートパソコンを取り出す。

「Second Lifeそのものって、SNSの?」

遥は頷きながらノートパソコンを起動する。そして、席を滝本の隣に移動した。

「Second Lifeは仮想空間に作られた世界です。従来のSNSとは違って、仮想空間に存在するアバターがホストキャラクターと出会って色々な機能を使えるようになるそうです。」

「ああ、一応マニュアルは読んだ。」

起動したディスプレイを見ながら滝本は答える。遥は携帯電話でネットに接続したパソコンのキーボードを叩く。

画面には「Second Lifeへようこそ!」という文字が表示され、アカウント名、パスワードを入力するログイン画面が表示された。遥はブラインドタッチで項目を入力し、セカンド・ライフを立ち上げる。

「会員登録時は、日記帳という自分のブログを書くための機能しか備わっていません。」

画面にはアバターが映し出され、遥がテンキーを叩くとアバターが動き出す。

「この中に情報が入っていると?そんな馬鹿な。」

滝本は苦笑いをして手元のカップを取る。

「私のアバターには何もありません。まだセカンド・ライフに存在するホストキャラクターと出会って機能を手に入れていませんから。」

「そのホストキャラクターから渡されるものに、情報が入っているというのか?」

「勿論、暗号化されていてユーザーは知る由もありませんが。」

そう言って言葉を繋げる。

「ただの手間でしかないこのシステムですが、もしこの機能に暗号化された情報が入っているとすれば頷けます。すでに登録されている20万人というユーザーに情報が分割されて渡れば、調べようがありません。万一その情報の暗号を解いたとしても、ただの断片に過ぎないので意味も分からないでしょう。」

「そんなこと可能なのか?」

いまだに納得が出来ない。たかがゲームのようなものに、国家機密となる情報を埋め込む訳がない。

「そこで、もしかすると一般社員の中にそのシステムを構築した者がいるのではないかと思ったんです。」

キーボードを打つ手をやめ、滝本を見る。

「秘書室にある私のパソコンにコンピューターウイルスを感染させました。そして、一般社員にコンピューターの調子が悪いから診て欲しいと頼んだんです。」

「一般社員にセカンド・ライフの真相を知っている者がいると言うのか?」

「全ての社員ではないと思います。しかし、システムを開発しているのはその一般社員です。真相を知っている者がいてもおかしくはありません。」

それはそうだが、あくまでも真相がSNSのSecond Lifeに隠されていればの話だ。

「秘書室に入る訳ですから、開発責任者、もしくはセカンド・ライフに関わりのある社員が呼ばれるはずです。」

黙っている滝本を見て、遥は話を続けた。

「実際に来たのはごく普通の若い社員でした。」

「それはそうだろう。秘書室に入ると言ったって、パソコンをいじるだけだ。」

「その社員は、ウイルスに感染したパソコンを復旧してくれましたが、実はトラップを仕掛けておいたんです。」

「トラップ?」

首を傾げて滝本は聞き返す。

「コンピューターウイルスに見せかけて、実はこのパソコンからハッキングしてウイルスを直に秘書室のパソコンに感染させておいたんです。」

言って遥は目の前にあるパソコンをぽんっと叩く。

実際のコンピューターウイルスの感染経路はメールやファイルに添付してあったり、またはセキュリティーソフトのアップグレードを装って不特定ユーザーに送り込まれるそうだ。特定のパソコンだけにウイルスを感染させるものではないらしい。

「彼はそのことに気付いたのでしょう。ハッキングをした足跡をわざと残しておいたのですが、案の上私のパソコンに潜入しようとしていました。彼はその経路を調べに来たんです。」

「彼も…つまりハッキングをしてきたということか?」

「経路を調べたのはハッカーとしての性でしょうね。途中で進入経路を遮断していましたから、辿り着かなかったようですが。」

遥は頷きながら言う。

「厚衛省の選任した社員データーの中に、彼の名前が載っていました。」

「セカンド・ライフに関係しているのは、間違いないということか。」

滝本は腕を組みながら考える。

「しかし、それがSNSのSecond Lifeの中に真相が隠されているという証拠ではないな。」

遥は鞄から今度は資料を取り出す。

「これが、彼の資料です。」

資料を受け取り、眼を通す。

 下山拓馬。28歳。2008年にSAコーポレーションに入社している。確かセカンド・ライフが施行されたのは、同じ2008年である。

「ん?これは?」

備考欄に下山拓馬にはハッキング行為で逮捕されていた経歴が掲載されていた。それを隠蔽したのが厚衛省らしい。

「ハッキング、もしくはその高度な技術が見込まれて、ヘッドハンティングされているんです。」

そう言って遥は資料に印刷された下山拓馬の写真を指差す。

「たかがSNSを制作するのに、ハッカーが必要でしょうか?」

滝本は言葉に詰まった。

「Second Lifeの仮想空間に情報があるかどうかは、全てのユーザーのアバターを調べるか、もしくはそれを制作しているコンピューターを調べる必要があります。」

「下山拓馬のパソコンか。」

遥は頷いた。滝本は珈琲を飲もうとカップを口元に持ってくるが、空なのに気付いてテーブルに戻す。

「Second Lifeに真相が隠されているのでは、と思ったきっかけをお見せします。」

遥はパソコンを自分の傍に寄せる。滝本は隣でディスプレイを覗き込んだ。

「今、Second Lifeではアバターの中に不振なコメントを残す者が話題になっています。」

そう言ってパソコンのキーボードを叩いて、先程のアバターを動かす。アバターは自分の部屋を出て街に出た。まさに3D空間で、細かい部分まで街並みが表現されていた。そのまま移動を続け、別のアバターの部屋に入る。

「良かった、ログインしていましたね。このアバターです。」

そう言って遥はキーボードの上にあるF2キーを押してチャットログを開く。そしてそこに「こんにちは。」と打ち込んだ。

部屋に佇んでいるアバターの頭上には「Yumi」と表示されていた。おそらくアバターの名前だろう。ちなみに遥のアバターには「Saori」と井川沙織から取ったと思われる名前が表示されていた。

しばらくしてチャットログに「Words fly away, the written remains.」と入力された。

Yumiからのメッセージである。

「言葉は飛び去るが、書かれた文字は残る。という意味です。」

滝本が首を傾げていると、さらに話を続けた。

「ローマの諺です。言葉としては何も残らないが、記録として書かれたものは残るということですね。」

そう言って遥は、「どういう意味?」とログに打ち込んだ。

「人間の記憶には長期記憶と短期記憶というものがあります。記憶がこの長期記憶に入らなければ、その物事は忘れてしまいます。」

ディスプレイに映し出されたyumiからは、何の返事も返ってこない。

「このyumiというアバターは、セカンド・ライフの内通者かも知れません。」

「なんだって!?」

滝本は改めて微動だにしないyumiを見つめた。

「この言葉はメッセージなんだと思うんです。先程の言葉をコンピューターで例えるならば、短期記憶はメモリで、長期記憶がハードディスクに当たりますかね。しかし、Second Lifeに例えるならば、メッセージは消えてしまうため短期記憶、ブログを綴る日記帳は外部サイトのブログを当てはめることが出来るため同じく短期記憶。長期記憶は消えることのないサービスの付加価値とされたその他の機能です。」

「…考えすぎじゃないのか?」

「そうかも知れません。しかし、どちらにせよ下山のパソコンを探る必要があります。彼のパソコンにアクセスしようとしてもブロックが手強くて侵入出来ませんでした。」

直接パソコンをいじるしかありません、と言いながらテンキーでアバターを操り、yumiの部屋から出て行かせる。

「下山のパソコンをいじれるとしたら私しかいない。しかし、君のようにハッキングを行える程の高度な技術はないぞ。」

滝本の問いに遥は首を振った。

「ハッキングをしたのは私ではありません。」

そう言って視線をカウンターにいるマスターに向ける。

「彼です。」

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