「失った記憶」
1
カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しかった。
思わずかけていた布団で顔を覆う。自分の体温で暖められた熱気が、さらに眠気を誘う。
寝返りを打とうとすると、わずかに二日酔いに似た頭痛と倦怠感を感じた。
昨晩、そんなに飲み過ぎたか?
喉の渇きを感じ、冷たい水が飲みたくなった。
覚悟を決めて布団を剥がす。室内の冷たい空気が一気に体を冷やしていく。
男は重たい瞼を開き、眼を擦りながら周囲を見渡した。
何の変哲もないワンルームが視界に入る。
小型のテレビとテーブル、そして出窓側に今起き上がったベッドが置かれている。唯一インテリアを意識しているとすれば、青いカーテンくらいだろうか…。随分と殺風景な部屋である。
ベッドから起き上がった男は、トレーナーにスウェットという格好をしている。
もう一度目を擦り男は周囲を確認した。
「…ここ、どこだ?」
寝癖になった頭を掻き、殺風景な部屋を眺める。
全く見覚えのない部屋。
「まいったな…」
とりあえず酔って女性の部屋に上がりこんでしまった訳ではなさそうだが…。
男は足元にかかっていた布団を剥がし、冷え切ったフローリングに足を下ろす。
そのまま室内に唯一あるドアに向かい、冷蔵庫を探した。
ドアの先はキッチンがあり、すぐに玄関に繋がっていた。左側にはもうひとつドアがあり、おそらく洗面所・風呂があるのだろう。
どこかのアパートのワンルームのようだった。
男は冷蔵庫を開け、中に入っていたミネラルウォーターを取り出す。グラスを探してみたが食器がひとつもない。仕方ないのでそのまま飲むことにした。
冷たい水が食道を通っていくのが分かる。
おかげで随分とさっぱりし、目が覚めてきた。
どうやら自分ひとりしかいないようだ。勝手に水を貰ってしまったが、あとで返せばいいだろう。
もう一口ミネラルウォーターを飲み、反対側のドアを開ける。
思った通り洗面台があった。男は電気をつけ、中に入る。
ワンルームに多いユニットバスが設置されてあり、浴槽の隣にトイレと洗面台がある。そして、洗面台の上には鏡が掛けられていた。
「…!?」
男はその鏡を見て、仰け反るように倒れた。
手に持っていたミネラルウォーターが派手に撒き散る。
「だっ…だっ…!?」
混乱しているせいか、言葉にならない。
「…誰だ…、今のはっ…!?」
男は尻餅をついた格好で、なんとか搾り出して発する。
しばらく呆然としその状態から動けずにいたが、呼吸を整えてからもう一度鏡の前に立つ。
無精髭にボサボサの髪、年齢は40代半ばだろうか。
見たことのない顔。
「一体…どういうことだ…」
片手で自分の顔に触れ、確かめてみる。伸びきった無精髭が手の平に不快に当たる。
間違いなく自分の顔のようだ。
「…待て、待てよ」
男は誰に言うでもなく呟く。
「俺は…俺はどんな顔をしてた?」
鏡に映る顔の眉間に皺が寄る。
そして、ふと浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「…俺は…、誰だ?」