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青天の霹靂

 不安げな様子のきみはキョロキョロと周りを見ながら迷路を進む。この場所はただ単に迷路というだけで特にお化けがでたり、誰かが驚かせたりという趣向はない。隣国との戦火激しい中世期ごろに王族の逃走経路として整備されたが、現代では観光用の場所になっている。掃除は行き届いているようだが、修復はあまりされておらず石壁は崩れたままになっている。一部危険と思しき場所には進入禁止のテープが貼ってあった。薄ぼんやりとしたガイド灯の中、ぼくはゆっくりと君の手をとってすすんだ。そう。ゆっくり、ゆっくりとだ。

「怖いわ。真悟さん」

 前来たときには前後に誰かしらいたのだが、今日は目の届く範囲には誰もおらず自分たちだけのようだった。音もほとんど無いので確かに怖い。まるでこの世界に二人きりのように感じる。

通路を進むと少しだけ広い場所に出た。そこは休憩所のようで二人がけのベンチが置いてある。ぼくは朝から歩き通しだったので休憩することをきみに提案した。

「そうね。わたしも少し疲れたかも」

 きみはそう言ってベンチの上のほこりを手で払いストンと座った。そしてぼくの場所までほこりを払いパンパンと手を叩いた。

「さあ、きれいになった。どうぞ」

きみにすすめられ、ぼくもきみの隣に座った。少しだけ間を空けて。

「ねえ、真悟さん、あなたはどうしてハンガリーに住んでいるの?」

「え? どうしてって」

 確かぼくは日本語教師の仕事でハンガリーにきたと言った気がした。それとももう忘れちゃった?いやいやその話をしたのはさっきだぞ。ぼうはそう思ってきみの顔を見た。

「いや、ブダペストの大学で日本語を教えてるんだ。ボランティアとして。さっき言ったと思うけど」

「あ、そうね。ごめん。ちょっとぼうっとしてた」

「それで、もう半年もこちらに住んでいるのよね」

「そう」

「でも、たった半年だ」

「そうね、半年って短いわよね」

 きみはそう言って黙ってしまった。とても静かな空間だったし周りには誰もいなかったからぼくは何か話さなきゃいけないと、必死で思ったんだけどなかなか言葉が出てこなかった。ふたりの間に気まずい時間が流れた。ベンチにふたりで腰掛けて黙って座っている。あとから一組のカップルが来たけど、薄暗い中、ベンチに黙って座っているぼくたちを見てビックリした顔をしてたね。あれはなかなか面白かった。カップルはそそくさとすぐにぼくらの前を通り過ぎていった。ぼくらがお化けじゃないことはわっかていたと思うんだけど。それがきっかけでぼくたちはまた話し始めることができたんだ。

「ふふふ。さっきのカップル、すごい顔してたわね」

「本当に。男の方なんて目が飛び出そうだったよ。ははは」

 そのときだった。不意に明かりが消えて真っ暗になった。遠くから「キャー」という女性の声が聞こえた。誘導灯の明かりが消えたのでびっくりして叫んだのだと思われた。ほかにもザワザワと騒がしい声が遠くから聞こえる。

「知世さん、大丈夫?」

 ぼくは急いで携帯電話を取り出し電源を入れた。フッと小型のディスプレイに明かりがつく。

「うん。大丈夫」

 きみはそういってぼくの手を強く握ってきた。携帯のディスプレイはすぐに暗くなって消えてしまう。当時の携帯の液晶画面はとても小さく光量も強くない。ぼくらはお互いの顔を見るのに余程携帯の明かりに近づかなければならなかった。

「なかなか電気つかないね」

「うん・・」

「ねえ、キスしちゃいましょうか」

「は?!」

 いきなりきみはそういうと顔をもっと近づけてきた。

 暗闇の中、明かりは携帯の光だけ。きみの顔がゆっくりと接近する。つややかなきみの頬にはきらきらと輝く産毛が見えた。ぼくは言葉を失った。思わず唾を呑み込んだので、静寂の中に「ゴクリ」という音が響いた。きみは「フ」と小さなと息を吐いた。近くにいたからぼくの生唾を飲み込む音がよく聞こえたと思う。ぼくは耐えられなくなって目をつむった。そしてふたりの唇がそっと触れた。携帯の明かりはもう消えていた。

 きみはこの時どういう気持ちになったんだろう。ぼくにはわからなかった。単純に考えればただの痴女だ。正直言うとこのときぼくは暗闇に欲情しキスを求めてきた変な女の子としか思わなかった。一回目は軽いキス。そのあとはなんといえばいいのか、つまりディープキスだった。それも明かりがつくまでの長い間だ。何分だったか正確には覚えていない。多分1,2分だったとおもうけど、ぼくにはとても長い時間に感じられた。ぼくは一瞬なにが起こっているかわからなかった。真っ暗で空は見えないが青天の霹靂とはこんなときに使う言葉だろうか。ぼくはそんなことを考えていた。いまでもきみのそのときの心理状態はわからない。ぼくは永遠にその機会を奪われてしまった。ぼくが天国にいったときに聞いてみようと今は思っている。


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