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妖しい小悪魔

「すみません。こんなお願いして。やっぱり迷惑ですか?」

「いや、迷惑もなにも・・」

 そのときのぼくは何できみがそんな事を提案したのかわかりかねたけど、今のぼくはわかるよ。それはきみがそのときすでに自分の死を意識していたからだ。だからきみは異国の地で楽しい思い出を作りたかったに違いない。今となってはきみの気持ちを推し量るすべもないけどきっとそうだよね。

「なにか事情があるんですか」

「・・・」

「おじいさんに恋人かと聞かれて、別れた彼のことを思い出しまして。ちょっと恋人気分を味わってみたくなったんです」

「別にいいよ」

 ぼくはつとめて軽く答えた。さすがにぼくもいい歳だったから動揺は少なかったけど、まあびっくりはしたね。でもどうせ恋人といっても街なかを一緒に歩くぐらいだろうとそのときは高を括っていたんだ。

「ふふ。じゃあ」

 そういってきみはぼくの腕にしがみついてきた。

「ねえ、おじいちゃんに説明くれますか。私達恋人ですって」

 むむむ。きみの態度は明らかにさっきまでと違っていた。さっきまでのかしこまった口調ではなく本当に恋人同士みたいな話し方だ。いきなりスイッチが切り替ったきみの態度にぼくは面食らった。

「ねえ、早くいってください」

 ぼくはそういわれて、しかたなくおじいさんにきみがぼくの恋人だと説明した。おじいさんは顔をほころばせ「そうじゃろそうじゃろ」といった。

「よし、では君たちを新郎新婦に紹介してやろう。こっちへおいで」

 老人はそういうときみの手をひいてゆっくりと新郎新婦のほうへ歩いていった。きみはぼくの手をぎゅっとつかんで離さなかったから、ぼくはおずおずと付いていくしかなかった。新郎新婦のまわりには彼らを祝福する人たちが沢山いたが老人は人並みをかきわけて新郎新婦に近づいていった。

「おい、ラーズロ」

「こちらは日本からの客人だ」

 そういって老人はぼくらを白いタキシードの新郎に紹介した。新婦もそれに気がついてぼくらの方を見た。そして二人はにこりとぼくらに笑いかけた。日本からの客人と聞いて、式に参加していた群衆の視線がいっきにぼくたちに集まる。その頃はまだまだ日本人が珍しかったからだ。

「それはそれは。ようこそハンガリーへいらっしゃいました」新郎はにこやかに英語でそう言った。

「この教会を見に来たんですけど、今日が結婚式と伺いました。おめでとうございます」

 ぼくは何とかハンガリー語でいった。

 新郎新婦は「おっ」という顔をした。 

「きみはハンガリー語が話せるんだね」

 ある程度期待し予測をしていたが、これまでに何度このセリフを聞いただろう。そんなに上手ではないんだけど・・。そもそも一言二言聞いただけで上手ですねもなにもない。ぼくはふと日本人もよくこういう言い方をするなと思った。「日本語お上手ですね」と。

「あの、教会が見たいのですが中に入ってもいいですか。式の邪魔はしませんので。」

 周りの群衆がうるさかったのでぼくは大きな声を出さざるを得なかった。新郎は「もちろんですよ」と答えた。

 ぼくが「ありがとうございます」というと、新郎はなにかに気付いたように新婦に耳打ちをした。新婦はうなずき後ろに置いてあったブーケの束のひとつをつかみ1枚のカードと共にきみに手渡した。

「今晩、パーティがあるの。良かったらきてね。あなたたちにも幸せが訪れますように」

 新婦は英語できみにそう伝えた。カードは今晩の結婚パーティの招待状だった。

 きみはカードをぼくにみせた。パーティは今日の夕方から近くのパブで行われるようだ。

「このカップルの結婚パーティがあるんだって。時間があればいってみたい?」

「楽しそうね。でも何人ぐらいくるのかしら? 近い友達だけのパーティなら参加しずらいし・・」

「こっちのパーティは沢山人が集まるみたいだけどね。100人とか」

 ぼくは一度だけハンガリーの結婚式とその後に行われるパーティに参加したことがあった。赴任したときに3週間のホームステイがプログラムされていて、そのときのホストファミリーの娘さんがつい先日結婚した。そのファミリーのママが式に招待してくれたのだが、結局、パーティは次の日の昼まで続いた。

「でも朝まで踊り続けるんだよ。ハンガリー人はダンスが大好きなんだ」

「え? 朝まで」

「そう。朝まで。たぶんね。賭けてもいいよ」

 きみはちょっと困った顔をしてたけど、すぐに平然として新婦にカードをピラピラと見せながらにこやかにこう答えた。

「これありがとう。かならず行くわ」と。「うれしいわ。待ってますよ」と新婦はいった。

 ぼくらはそういうと、そそくさと群衆から離れた。今度はぼくがきみの手をひっぱった。

「ちょ、ちょっと。きみ朝まで踊るのかい?」ぼくは思わずきみの顔を覗きこんでそう聞いてしまった。

「そうよ。付き合ってね。あと、きみって呼び方じゃなくて知世って呼んでください」

「と・も・よ。恋人同士なんだから。真悟さん」

 そういうきみは妖しい小悪魔にみえたよ。


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