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タイムトラベラー珠美


 パパのことを『真悟』と呼び捨てにする度に不思議な感じがした。


 若いころのパパとブダペストでデートをすることも、やっぱり不思議だった。


 そしてパパと結ばれることも。


 その結果、わたし自身が生まれることも。




 ママが現れるようになって、わたしは少しおかしくなってしまったらしい。ちょっとリアルなだけのただの非現実的な幻覚だと思っていたママは、わたしの中に自我を持って暮らし始めた。わたしの思いは深層意識に隠れママの意識がわたしの体の自由を奪う。表と裏の関係。いやだとは思わなかった。死んでしまったママが私の中で生き返った。そう思うと、よりママと親密な関係になった気がしてうれしかった。

 ママの人格がわたしの体を使っているときもわたしの意識は目覚めていた。ママが何をしているのか客観的に第三者的に把握していた。ママが勝手にわたしの体を使い、考え、行動しているのがわかった。そしてときにわたしの意識がママに訴えかける。「わたしの体でそんなことしないで。恥ずかしいからやめて」と。


 そんな状態がしばらく続いた後、症状は更に悪化した。悪化したというより進化したと言うべきかもしれない。それは・・わたしの自我ががママの体に入り込むことができるようになったということ。それも昔のママの肉体にだ。

 もちろんママの肉体など現代ではとうに死んでいて存在しない。どういうことかというとママの自我がわたしの体と支配している時、わたしの意識が、若い、それも生きている頃のママの体に入り込んでママとして生活できるのだ。そう、20年も前の時代のママの肉体にタイムスリップして、わたしの思うとおりに行動できる。

 このタイムスリップとしか思えないような非現実的なことが私に起こったのだ。そしてママの体に乗り移る。そこにもやっぱりママの意識があって、時に相談し、また時にはケンカをしてママの体をわたしが操るのだ。わたしがママの体に憑依したと言ってもいいかもしれない。最初は夢の続きだと思っていた。だって完全に理解を超える出来事だから。

 現代でママがわたしの体を支配するときがあり、20年前の過去にわたしが生きている頃のママの体を支配する。わたしはいよいよおかしくなってしまったと思った。重度の心的障害で悪い夢でも見ているんだと。でも単純にそうは思えないことがあった。わたしと話をするママの考えはわたしとは完全に別の性格だったし、ママの若い頃の肉体での生活は、ただ知識として知っている過去だけではなく、わたしの知らない事件や社会のつながりがそこにはあってわたしの想像の産物とはとても思えない。とにかくリアルだった。

 初めてママの体に入り込んだのは彼女が二十歳のときだ。パパにハンガリーで出会う少し前。その頃のママは丁度今のわたしと同じ年頃で大学に通っていた。でもわたしが現れるようになってママは学校を休みがちになった。若いころのママはわたしと話すようになって、やっぱりわたしと同じように自分はノイローぜか何かになってしまったと思ったようだ。

「あなたは誰? なんでわたしの中にいるの?」

 ママがわたしに言った最初の言葉がこれだった。

「わたし? わたしはタマミ。あなたは誰?」

「わたしはトモヨ。オオオカトモヨ」

 間違いない。大岡は旧姓のママの名前だ。この人はわたしのママなのだ。顔も家の本棚に飾ってある写真と同じだ。初めて聞く生身のママの声は瑞々しく張りがあった。この人がこの後、ブダペストに行きパパに出会い、そしてわたしをこの世に産み落とす。

「オオオカトモヨ?」

「そう。大岡知世。20歳学生」

「そうね。知ってる。だってわたしはあなたの中にいるんだもの」

「どういうこと?」

「あなたの頭の中にあなたとは別の人格のわたしが入り込んでいるの」

「なんなのあなた! わたしの中から出ていってよ!」

 まあ、無理もない。いきなり自分の中に別の人格が現れたらそれはショックだと思う。実際わたしもママが現れた時そうだったし。

「トモヨさん、ちょっと落ち着いて」

 ママのことを考えてわたしはしばらく黙っていた。キョロキョロとあたりを見回すママ。もちろん誰もいない。

「知世、帰ってるの?」

 下の階から大きな声がした。おばあちゃんの声だ。この声は聞いたことがある。わたしのおばあちゃん。そしてママのお母さん。ここは2階のママの部屋の中だ。女子大生の部屋にしては子供っぽい気がする。ぬいぐるみが置いてあるし、机の上の小物もピンクやパステル調のものが多い。この時代の流行りの色なのだろうか。箪笥から覗く服も明るいヒラヒラ、ピラピラしたワンピースがかかっている。わたしの感覚だとちょっと着られないものばかりだ。20年前の流行りなんだから当たり前か。それにこの部屋には勉強机が2つ、それにベッドも2つあった。わたしはママに妹がいる事を思い出した。そう聖子おばちゃん。三歳年下の妹だ。ママが20歳だとすると今は17歳なはずだ。もしかしたら箪笥の服は聖子おばちゃんのものかもしれない。

「うーん。体調が悪いから帰ってきた」

 ママも下の階に聞こえるように大きな声で返す。

「大丈夫?」

「大丈夫よ。もうだいぶ良くなった」

「最近、体調悪いわね、一度病院で見てもらったら?」

「うん、わかった」

 ママも下に行けばいいのに。大声で話をしてみっともないったらない。おばあちゃんも二階に来て話せばいいのに。この親にしてこの子ありというところか。そしてわたしはそのママの子供だで、おばあちゃんの孫だ。ものぐさな所は代々続くものかね、とそんな事を考えた。

「あなた。まだいるの?」

「いるわよ」

「・・・」

「あなた何なの一体。冗談はやめて」

 言葉が荒々しい。こんなママは初めてだ。かなり混乱しているのがわかる。無理もない。不思議な声が頭から聞こえてきて話しかけてくる。わたしは前にママの人格が現れた時のことを思い出した。まさにそんな気持なんだろう。わたしは何を言えばいいか必死に考えた。

「さっきの人はあなたの母親で大岡滋美さんね。地域の区民センターに勤めている。そしてあなたの父親は大岡哲臣。確かえーと、出版社、そうそう、大映出版の営業・・だったっけ?」

「そうだけど」

 わたしは知っていること全てをママに話してしまうことを考えた、だけどやめた。

 ママはもうすぐ死ぬ。だけどその前にハンガリーに行ってパパに会いわたしを妊娠しなければいけない。でなければわたしはこの世に生まれてこない。うーん、なんか複雑。どうしよう。

 悩んだ挙句、わたしは神様になることにした。かわいい女神様だ。そしてママをハンガリーに導くことに決めた。

「大岡知世さん。聞きなさい。わたしは女神タマームである」

「タマーム?」

 さっきタマミと口走ったから無理やり似た名前にした。

「全知全能とまではいかないけど、なんとなく未来がわかーる神なのである」

「は?」

「だから、女神様なの」

 ママはいまいち理解できていないらしい。ふーん。若いころのママってこんなタイプだったんだ。

「そう。これは神様の啓示なのであーる」

 わたしは女神さまになりきってしばらく振る舞うことにした。これはこれでなかなか楽しい。

「あなた神様なの?」

「だから、そうだって」

「でも何か話し方が雑というか、わたしが思っているイメージと違うわ。神様っていうともっと何ていうの、神々しくて、重々しくて、恭しく話す感じがするんだけど」

「そういう女神様もいるのよ。いろいろな神様がいるの」

「ふーん」

 やっぱちょっとスローなのかな。ママ。

「それでね。なんであなたのとこに来たかというと、ちょっと行って欲しいところがあってね。それであなたの運命が変わるというか、開けるというか、そういう感じなんだ」

「なにそれ?」

「いや、だからハンガリーに行って欲しいの」

「ハンガリー?」

「そう。ハンガリー。ハンガリーのブダペスト」

「なんでわたしがそんなところに行かないといけないのよ」

「だから、これは神様の啓示なの。お告げよ。お告げ。大事な。おまえはそこに行くのじゃ。さすれば道は開かれるであろう、という事なのよ」

 ママはまだ解せないでいる様子だ。黙りこんでしまった。

「ハンガリーのブダペスト・・」

ママはしばらくぼーっとしていた。

「ねえ女神様、まだいる?」

「・・・」

 わたしは黙っていた。ママがどのように行動するのかを見てみたい。神様からのお告げと受け取ってくれたかどうかは疑わしいけど。

「行っちゃったか」

「ハンガリーのブダペストねぇ」

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