2話目は吐血
オルファレス歴元年
大陸最強国家として名高いオルファレス王国が、正式に誕生した年である。
さて、この年より更に遡ること10年。
大陸は戦乱の真っ只中にあった。
その原因の一つとされしは、古代ガルバス語で曰く────マガ・グレタ・ファナ・スレータ
異界よりの稀人である。
稀人というだけあって、稀ではあるが定期的に墜ちてくる彼らの存在は、様々な知識と技術を齎すとして重宝されていた。
様々な知識は人々の暮らしを豊かにし、生活に余裕を齎す。
が、その余裕が、結果として時の権力者たちの道を誤らせた。
すなわち、出来た余裕と、手にした新しい技術を使っての、侵略行為である。
こうして、野望高き国々が起こした戦乱の雲霞は、瞬く間に大陸全土に広がっていく。
諸国は一層マガ・グレタ・ファナ・スレータの知識を重宝し、こぞって彼らを確保しようとした。
とあるマガ・グレタ・ファナ・スレータが現れる、までは────
そのとあるマガ・グレタ・ファナ・スレータ。
当時、最も優勢に戦を進めていた聖ミネスト神権国に堕ちることになる。
聖ミネストは、これこそ神の思し召しと、マガ・グレタ・ファナ・スレータを歓待し、その知識と技術を吸い取ろうとした。
だが、その時堕ちたマガ・グレタ・ファナ・スレータは、異界より堕ちた影響なのか、異質であった。
その身が変容し、魂までもが歪んでしまっていたのだ。
しかし、それでもマガ・グレタ・ファナ・スレータは有用であると判断された。
知もなく、技術もない、そんな無能なマガ・グレタ・ファナ・スレータではあったが、変容と歪みのせいなのだろうか。
その身に、溢れんばかりの瘴気を持っていたのだ。
この瘴気。上手く扱うことが出来たならば、凄まじい兵器ともなろう。
聖や神の名を冠するとは思えぬ所業が平然と行われ、マガ・グレタ・ファナ・スレータの心は憎悪に満ちる。
それこそが彼らの目論見であったのだが、甘い算段であったのはいうまでもない。
聖ミネストがその事実に気がついた時には、手遅れであったのだから。
マガ・グレタ・ファナ・スレータは、絶望と孤独の中、全てを憎悪し、聖ミネスト全域に瘴気の根をはった。
瘴気の根はマガ・グレタ・ファナ・スレータの憎悪を養分として成長し、遂には国土の大部分を瘴気の海へと沈めていった。
結果として、戦乱の只中にあった多くの国は混乱に陥った。
その隙をついたのが、始王オルファレス。
弱小国の一貴族にしか過ぎなかった彼は、瞬く間に大陸国家の幾つかを滅ぼし、興国を成す。
そして、聖ミネスト神権国跡地を封除地とした────
瘴気の海
後に『魔の森』と呼ばれる────聖ミネスト神権国のなれの果て。
以来、マガ・グレタ・ファナ・スレータを人々は恐れることになる。
無論大部分のマガ・グレタ・ファナ・スレータに罪はない。
少なくとも、国の中枢────貴族や商人といった者達にとって、マガ・グレタ・ファナ・スレータが価値ある事実に変わりもなかった。
しかし、それはあくまで『変質』なき者に限ってだ。
その身に瘴気の欠片を宿す者など、排除の対象でしかない。
これは一般人のみならず、大陸に住まう者達にとっては当然の理。
そう、何度も言うが、当然の理なのである。
絶対の主と誓った前王の判断だというのに、スラッシュが未だ殺意を消そうとしなかったのは、その、せいだ。
獣人族は鼻が効く。
特に獣王の血を濃く引くスラッシュは尚更だ。
この少女はマガ・グレタ・ファナ・スレータ────しかも変容し、魂が歪んでいる個体。
争いの源となる存在。
滅びを齎す可能性の高い存在。
不快な空間の揺らぎは、この少女が堕ちてきたからだったのだろう。
ならば、それは疑いようもなく悪き事の前兆。
────聖ミネスト神権国
彼の愚かしき国と、我らがオルファレス。
同様の最期を迎えさせるわけにはいかない。
故に不服の意を示すのは当然だ。
しかし前王は、気絶したマガ・グレタ・ファナ・スレータを優しく抱きしめた。
そして柔らかくまなじりを下げたのを見て、言うべき言葉をスラッシュは飲み込んだ。
「のうスラッシュよ、我はもう長くはない。そう、もって5年といったところか」
しかし次の言葉は、剛胆なスラッシュをして驚愕させた。
知らずわなわなと震える身体。
まさか! そんな! 嘘だ!
しかし、前王は嘘など吐かない。
脳筋なのだ。嘘などあるはずもない。
しかし。しかし、である。
齢70を迎えているのは知っている。
なのに相も変わらず美しく鍛え抜かれた素晴らしい筋肉。
そこに老いからくる翳りなど一切なく、武力は当然のように天元突破。
魔の森に住まう竜を素手で殴り殺すのを見た記憶も新しい。
肉体特化の獣人族、しかも獣王の孫である己でさえも不可能……というかありえない武力。
そんな、黄金の肉体を持つ前王が長くない……? 笑劇にもほどがある。
だが前王は『人』だ。
獣人でなく、エルフでなく、ドアーフでもない。
寿命短き只の人、なのだ。
「死を目前にして、いくつか思う所がある。我は王ではなく剣になりたかったのだと」
オルファレスの者ならば、誰でも知っていることだ。あと脳筋なのも。
「ただひたすら肉体を虐め抜き、強者としての頂点を極めたかった」
それは成したと思うのですがとスラッシュ。
「もはや、望めぬ夢ではあるが……」
いえ、もう十分強いですよと、スラッシュは肉球をあげた。
肉球好きにはたまらない。ぷにっとした肉球が前王の目を和ます。
だが前王は惑わされなどしない。そんな、凄まじき漢であった。
「だが、今になって思うのだ。もしも我が王になっていなければ……」
あまり変わらないと思うの。とスラッシュ。
しかし前王は首を振った。
「我は我が思う強者にはなれなかった。もしやすれば弱者ですらあったやもしれん」
あ り え ん
「聖ミネスト神権国。かの国は当時最も天に近かった国。しかし、かの国こそが弱者の象徴よ! マガ・グレタ・ファナ・スレータを虐げ、絶望させなければ天に挑めぬ弱虫よ。スラッシュよ……我は聖ミネストのような弱虫か?」
いいえ、とでかい猫顔を横に振る。
「まあ、色々難しいこと言うたが、この森で狩りをし、マガ・グレタ・ファナ・スレータが今、我の腕の中。これは狩りの獲物といって、いいのではないか? ならば最早我の物ということだ。好きにしても問題なかろう」
それでいいのだろうか?
一歩間違えたら聖ミネストのように国が滅んでしまうではないか。
それは為政者として失格だろう。
しかし、スラッシュは気づいた。
今のこの方は王ではない。『前』王だ。
「それにな、スラッシュ。我は兄に誓ったように、やはり只の剣になりたいのだ。みなを守り導く王ではなく。命が続く限り只管敵を屠り続ける無骨な剣を只一人に捧げたい。そう、例えばこの娘に、な」
基本、脳筋のスラッシュだ。
(剣になりたい、か。それはそれで、まあ、いいかのではないか……)
と軽く流した。
恐らくオルファレスの人々も、同様の反応を示すだろう。
「納得したか?」
「GAU」
「では帰るぞ」
「GAU!」
流石は脳筋国家オルファレス最強の王であった漢と、その従者であった。
目覚めは最悪。
たくさん泣いたからなのか、頭がガンガンする。
「痛ぅ……」
鈍痛に額を押さえ、布団から出ようと手をついた。
なんだかやたらと硬い感触だ。
床の上で寝てしまっていたのだろうか?
そう思いながら目をつぶったまま体を起こし、それからゆっくりと目を開けた。
すると見知らぬ部屋の風景が目に入り、疑問にこてんと頭を小さく横に倒す。
「……どこ?」
寝惚け眼をはっきりさせようと目をこすり、もう一度。
……やはり見知らぬ場所だった。
不安が胸を過り、キョロキョロと辺りを見回す。
広さは10畳程度。
あまり物は置いてなく、壁紙もなく剥き出しなせいか、四方を囲う壁がどうにもボロっちく見える。
僅かな光差し込む方向に目を移せば、窓ガラスの向こうは見知らぬ森。
瞬間、ドキンと心臓が跳ねた。
思い出したくない。
そんな筈はないのだと、『オレ』は不安に視線を室内に戻した。
「ふう……」
気を落ち着かせるように息を吐く。
そして嫌なことから目を逸らすように真横を向いた。
「ひゃっ!?」
声が出てしまったのは、10歳前後と思われる女の子がいたからだ。
その女の子。さらりと長いプラチナの髪。
プラチナとか、初めて見る髪の色だ。
それが窓から差す光を浴びて、キラキラ輝いて見える。
顔は小顔。目はくりっとして大きく。口は小さめ。
でも全体のバランスは驚愕するほど素晴らしい。
簡潔に言えば、凄まじい美少女だった。
しかもその美少女、裸である。
モンゴロイド系では有り得ない、透き通った白い肌に鎖骨が浮かび上がってるのが妙に艶めかしい。
そのまま視線を下にずらしていけば、膨らみ始めの乳房の淡い曲線と、ツンと存在感を見せる桃色の尖端が目に映る。
ずきゅーん! とお腹の奥が鳴った気がした。
……ヤバい、めっちゃ好みだ。
そう思ってしまった瞬間、すぐにそれは間違いなんだと首を振る。
なんせ相手は10才前後。明らかにロリコンという名の修羅道だ。
しかし、それでも、なんだ、この胸のトキメキ。止められそうにない。
こんな気持ち、初めてだ。この子の為なら何でも出来るとまで思った。
ああ、そうか。そういうことか。
オレはロリじゃない。たまたま好きになった子がロリだっただけだ。
創作等でよくある言い訳。でも、実際自分がその立場になってみたら、良く分かる。
これこそが真理。愛だ!
そう、初恋なのだっ!!
「って、違うわァーっ!?」
両手で頭を抱えるようにして叫ぶオレ。
すると、少女も同じように頭を抱えて?
あれ? と思いながら今度は両手をバンザイの形に。
同じようにバンザイする少女。
……寝起きで呆けてた頭がはっきりしてきた。
同時に、初恋のトキメキが、嫌な意味でのトキメキに変わった。
バンザイが\(^o^)/になった。
美少女は、鏡に映った『わたし』だった。
そして『オレ』の初恋の相手は、『わたし』だった。
なんて素晴らしい黒歴史。
\(^q^)/ガフッ(吐血
死にたくなった。