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1話目らしい








魔の森────人の手が未だ及ばない魔獣の楽園。

腕の立つ冒険者でさえも近づくことは滅多にない、S級の危険地帯である。



しかし、オルファレス最強の王にして最優の王であった彼にとっては無尽の荒野を歩くが如く。


美しき有翼獅子も、凶悪な大鬼も、果ては伝説の歪竜すらも────全てが等しく狩りの獲物。

全ては前王たる彼の腹に納まるしかない。その程度の存在だった。



「つまらんな。魔の森の異名が泣こうぞ。そうは思わんか、スラッシュよ」



2~3歩後ろの位置からついてくる、全長3mは超える猛虎。

彼こそがスラッシュと呼ばれし獣王が孫。次々代の獣王の証を持つ獣人である。


そのスラッシュが、仕えし主に返事を返すため、喉を震わせようとした瞬間。

凄まじく不快な空間の揺らぎを感じた。ピンっとスラッシュ自慢の髭が唸りを上げる。


これは、良き事か悪き事か……


どちらにせよ、行ってみるか。

と、彼は視線を主に向けた。

前王はその視線に、「うむ」と頷き返すと、



「行くがよい、スラッシュ。その自慢の四肢で我が赴くよりも速く場を鎮めるのだ」


「GAU!」



良き事か悪き事か……


後年、明らかに良き事と歴史に刻まれることになる、この日の出会い。


オルファレス歴327年。前王、70才であった。






























バイトから帰って寝て起きたら森の中だった。



「意味が分からない」



茫然とつぶやいてみる。

あとなんでか10才程度の少女になっていた。



「意味が分からない」



試しにほっぺをつねってみる。

……普通に痛い。


つか、コレってあれだろうか?

テンプレ的なトリップTSファンタジー。

もしかしたら超絶スーパーな力が付与されてるかもしれない?

まさかね、と思いながらも、胸が期待でドキドキした。


『彼』だった少女は逸る気持ちに抗わず。

まず近くにいくらでも生えてる木に向かってパンチする。

ガツン……とすら音がせず、むしろめきょっと拳が壊れる様な……



「痛い……」



目じりに涙がたまった。拳がひりひりする。

確かめるにしても、もっとやり様があったのにバカかオレはと、赤くなった手をなでなで。


一度目の失敗は無駄にしない。

今度は痛い思いをしないよう、安全に確かめる。

ファンタジー系に付き物。ステータスを見れるあれである。

まずは心の中で、開けっ! 


……し~んとした。


一応鳥の鳴き声や草木が風で揺れる音とかはしてるけど、やっぱり、し~ん、っていうのが適当だろう。

だがスグに気を取り直し。今度は言葉に出してやってみる。



「ステータス、開けっ!」



やっぱり反応はなかった。

顔に熱がたまる。

なんかすっげぇ恥ずかしい。

もうやめようかな?

そう思うも、ここでやめたら現実を直視しなくてはならないのだろう。

そうしたら多分、自分は泣いてしまう。ちっぽけなプライドが許さなかった。

なので諦めの悪い彼だった少女は、試しに色んなことをやってみた。




……うん、全部ダメでした。魔法とか超能力はなかった。

何でも入るアイテムボックスもなかったし、もちろんすっげー武器や道具も持ってなかった。

あるのは寝る前に着てたジャージのポケットに入ってたコンビニのレシートだけ。

レシートあるのに財布がないとかむしろ笑えた。

ようするに、意味なく少女になっただけで、完全に無能力なただの人だったのだ。





無意味なTS氏ね


これだったら最初から女主人公にしたらいんじゃないの?


作者の女の子になりたという願望が気持ち悪いwww




とか急に彼だった少女の脳裏に浮かんだ。


……はあ。

いい加減、現実逃避はやめないと。


オレは……いいや、わたしか?

少女のなりで、オレというのは痛いし。

なんせ今の彼だった少女の姿。




身長は130cm

髪の色は輝くプラチナ。

顔の出来は……鏡ないからわからん!

でも多分かわいいだろうと勝手に思ってる。

つか、それは大切なお約束だった。






と言う訳で、こんなに可愛いので頭の中での一人称をわたしにする彼だった少女。

でもこれはこれで、すぐに一人称がわたしになるとかありえんwwwとか見知らぬ誰かにいわれそうだ。

某理想が詰まってるらしい郷や、小説家になろう辺りで今の境遇を書いたら間違いなくいわれる。

荒れ狂う感想板を想像して気を紛らわせながら、せめて森の外に出ようと歩き始めた。



しかしここは一体どこなんだろうか?

せめて地球であるようにとは祈っておこう。

最初にトリップファンタジーか? とは言ってはみたものの、異世界と地球じゃ迷わず地球を選びたい。

例え戸籍がどうの、家族に自分を認識して貰えない。などという事態に陥っても、百倍はマシだと思うのだ。



地球バンザイ! ファンタジーはあっち行けっ!!



とまあ、てこてこ、てこてこ。歩いていると、早々に体力が尽きた。

元々そんなに体力がある方ではなかったけれど、ここまで酷くはなかったはずだ。

しかし足が重い。物凄く重い。もう歩けない。

そういえば、今の自分は10才前後の少女だった。

とすれば、体力もそれ相応になっているんだろう。

もっと考えて動けば良かった後悔するも、だったらどうすれば良かったんだ? となるんで思考を放棄する。


はあ……と、今日何度目かになる重いため息。

フラフラと近くのデカイ木に寄りかかる様にしてお尻をついた。


少し休んで気づいたけれど、服がぶかぶか。靴もぶかぶか。

これじゃあ、少女になったのは別としても、動き難くて普段よりも疲れるのが早くてもしょうがない。

マジで体が小さくなってるんだな。と、何度目かになるため息をもう一度。


しかしジャージは素晴らしい。

確かにぶっかぶかだけども、ある程度動けるのはジャージだからだろう。ジャージ最高!


なんてバカやってたら、不意に『目』があった。



『GURUUUUUUUUUUU』



日本語でOK。

頬を引き攣らせ見た先には、やたら怖い感じで呻ってるでっかいトラ。

リアルで見ると、こんなにでっかいんですね。ありがとうございました。人生さようなら。



「いや、あの、おれ、おいしくないよ?」


『GAAAAAAAAAAAAA!!』



日本語でOK。

つか何度もすみませんが、どうか日本語で返してくださいお願いします。



『GYAU!!』


「あ、ダメですか……そうですか……」


『GAU』



こくんと頷きました。なんですか? 言葉が通じてるんですか?

それにでっかい猫として考えるなら、なんだか可愛いですね?


……なんて思うかばっかやろーっ!?

口っ! 口から鋭そうな牙が覗いてる!

見せないでっ!? 怖いですっ! 

あと、ダラダラ唾液が出てますよ。

食べる気まんまんじゃないですか!



ああ、死ぬのか。死ぬんだ。死んじゃうんだ。

なんだか下半身が熱くなった。

いうまでもない、漏らしたのだ。

そのことに涙目になる……なんて余裕もなく、どすっ、どすっ、と近づいてきた猛獣に「ひっ」と掠れた悲鳴を上げた。

小水で濡れたお尻をズリズリと後ずさり、ほんの僅かでも逃げようとする無駄な行為をするも、やっぱり無駄。

一歩ずん、と前足が前に出るだけで、必死に作った距離が無駄になる。


そして獣は、嘲笑うように鼻息をフンと出した。

生臭い吐息が顔に掛かる。気色の悪いにおい。

このにおいだけで、諦め度が増したのが解った。



「せめて、苦しまずに死にたいです……」



思わず言ってしまう。

というか、喋るだけの余裕がまだあるんだなと、なんだか自分に関心した。


肉球がぷにってそうな前足で体を押し倒された。

平和で命が掛かってないなら嬉しいけれど、こうして喰われる前提ならばこっちくんな。

それにしても地面が固い。空が見える。雲が流れてた。死ぬにはいい気分だ……なわけもなく。

ただでさえ熱い股間が更に熱くなった。ようするに、2度目のお漏らしを敢行した。

でも脱糞しなかっただけでマシである。

と、遠ざかりそうな意識の中、何故か思った。それどころじゃないのにね。



「KURUUUUU]



湿ってる鼻の先が首筋に。


すんすんと音を立てて……なんです? おいしそうかどうか匂いでも嗅いでるんですか?

さっきも言いましたけれど、わたしはきっと美味しくないと思うのですよ?


なんて言葉にしないで言ってはみるも、当然のように通じる訳もなく。

猛獣さんはガパッと大口を開いた。

牙が首筋にプツリと刺さる。

「ひっ」と、先程よりも更に掠れた悲鳴が漏れ出る。

もうダメだ。恐怖に息を吸い込んで、目蓋をギュッと閉じたその時だった。



「やめるのだっ! バカ者がっ!!」



勇ましい声が獣の動きを止めた。


これはアレだろうか?

王子様ってやつ!

TSヒロインとして、王子様に助けられる。

そこを、オレ男だし、とか言いながら逆ハー、もしくは百合ハー作るアレ!

どうでもいいけど助かったっ!


そう思ったら、体から力が抜けた。


怖かった。

猛獣に襲われたのもそうだけど、この状況自体も怖かった。

必死に自分を誤魔化してきたけど、もうむり。


彼だった少女は、ひぃっく、と泣く前兆の喉を鳴らす。



「ウチのバカが悪さした。すまんかったのぉ」



皺枯れた声がなぐさめる。

どこまでも硬く。ゴツゴツした手のひらが頭をそっと撫でてくれた。

けして気持ちの良いものじゃない。むしろ痛い。でも、心が安らいだ。

もう大丈夫。わたしは助かったのだ。彼だった少女はそう思った。

でも、必死に我慢してた何かには罅が入った。

溢れた涙が頬を濡らし、ポタリと地面に落ちた。


ポタ、ポタ、ポタタ、ポタポタポタ……


地面を雨の様に濡らす様を見ていると、我慢が出来なくった。

だから、大声を上げて泣き叫んだ。



なんで! どうして! 帰してくれ! オレを家に帰してくれ!!



「大丈夫じゃよ。わしがついておるからの。もう大丈夫じゃ」



わんわん、わんわん泣き叫ぶ彼だった少女を、そう言って抱きしめてくれた恩人は、王子様ではなく。

いや、別に王子様じゃないのが残念なわけじゃない。これでも彼だった少女の中身は一応男だ。情けないし、元がつくけど。


ただ、ちょっと意外だった。



そう、『わたし』を助けてくれたのは……



上半身裸で、剥き出しの肌が黒鋼色。

筋肉ぅーっ! な、蛮族系マッスルお爺様だった。







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