プロローグっぽい
大陸最強にして最優の国家────オルファレス
最強と呼ばれる由縁は、前王の圧倒的な武力故。
最優と呼ばれる由縁もまた、前王の寛容にして公明正大な人柄故だ。
一代にして大陸の半ばを領有した武力は当に圧巻。
その途上において、武王と名高い獣人族が王の個人的な武力で圧倒される始末。
「我に敗れし獣人族が王よ。貴殿等には強者に従うという掟があるな。故に、我に────強者たる我が国に仕えよ」
戦々恐々と、亜人に対する差別激しい人間族の支配を受け入れた獣人族。
が、しかし。それは良い意味で裏切られることになる。
王は一切の差別を許さず。
「物言いが有りし者は、我の前に立ち剣を持て」
いくつかの重要な国政のポストを、獣人族のみならず、果てはエルフやドアーフといった種族にまで任せていく。
その姿勢が本物であるのだと気がついた亜なる者達は、こぞってオルファレスへの忠誠を誓った。
ここにオルファレスは最盛の時を迎え、繁栄の二文字に相応しい発展を遂げていくこととなる。
さて、そのオルファレスの前王。
彼は元々は王となるつもりはなかった。
彼には優秀な兄と弟がおり、なにより優秀な兄を心の底から慕っていたのだ。
故に彼は思う。
「我は剣となって兄上を支えたいと願うのです」
時の王太子は自身を慕う弟を信頼し、
「ならばお前には一軍を任せよう」
と、4つある軍団のひとつを任せ、いずれは元帥たる地位にさえ就けようと思っていた。
だが世界は無情である。王太子は流行病に倒れ、この世を去った。
となれば、次代の王は彼である。しかし彼は言う。
「我は兄に誓ったのだ。剣となって兄上を支えると。兄上が亡くなろうともその誓いは変わらん。我は剣となってオルファレスを支えよう。王太子ならば弟もおる。あれは兄上には及ばずとも、凡百とは比べるまでもなく優秀よ」
確かにそうだろう。
彼は武に秀でても政には疎い。
元帥になれても宰相にはなれん。
そんな彼を王にするよりは、弟王子がなった方が国のため。
しかし弟王子は瞬時に、
「アホくわぁーっ!!」
渾身の一撃を彼の顔面に放った。
彼がその顔に打撃を入れられるのは、後にも先にもこの時だけである。
「いいから黙って王太子になっとけや! 俺は一兄に比べられるのは嫌じゃーっ!」
「ふむ……ならば兄上の子に任せるのはどうか?」
彼の兄には確かに子供がいた。
しかも男児。ならば未来の王としての資格は十分にある。
だが、ここまでの間に話題に上らないのはしっかりとした理由もあった。
なぜなら、まだ産まれて1ヶ月も経っていないのだ。
「義姉上に負担がかかるやろっ! いいから黙って王太子なれっつってんだよ筋肉バカっ!!」
「むう……」
「俺も支える、みなも支える。だからな、二兄。一兄を安心させるためにも、王太子になってくれ」
「兄上を……そう、か……」
「つか二兄を殴った手が痛ぇっ!? 折れてる! 折れてるよこれっ!? どういう顔してんだよ!」
彼は弟の熱き説得によって、王太子の座を襲った。
2年後には玉座を正式に譲られ、いよいよオルファレス史上、最強にして最優の王の親政が始まる。
当初の筋肉バカ的な不安は、だが筋肉バカだからこそ全てに平等。
その平等さは、先に語った通り、亜なる人々の支持を受け、筋肉バカだからこそ、反対の声には一切耳を貸さなかった。
ここまでくれば反乱の一つやサボタージュのふたつみっつ起きそうな物だが、筋肉バカだからこその鉄拳制裁を誰もが恐れ、故に国内の不平不満は表に出ることはなかった。
ならば内に籠ったのかと言えばそうでもない。
獣人、エルフ、ドアーフと、付き合ってみれば悪くもない。
いや、むしろ楽しくもなってきた。
オルファレスが脳筋に犯され始めた一歩である。
国の要職も、適材適所により振り分けられ、結果として国内の経済が向上。
治安も脳筋勢により保たれ、大陸で最も繁栄し、尚且つ平和な国となったのだ。
誰もが王を称えた。心の底から称えた。
だからいつまでも独身の彼に、結婚して後継ぎを作って欲しいと望むのは当然の流れだったろう。
しかし彼は結婚しようとはしなかった。どころか、女を身の近くに寄せることすらなかった。
次代はどうするかと問われれば、
「我はあくまで兄上の代わりに国を治めてるにすぎん。故に後継はおる。我が、甥よ……」
気づけば彼が玉座に就いてから20有余年の時が流れていた。
生まれたばかりの赤子であった兄の子は、今では立派な青年である。
もういつでも隠居できる。
彼はそう考えながらも、周囲の声……特に次代の王として王太子の座に就いた甥により、ずるずると、そのまま玉座に就き続けた。
希代の王は、本人自らが王たるを望まぬというのに、本人以外は誰もが彼が王であることを望んだのだ。
そしてずるずる、ずるずると、再び20有余年が過ぎた。
「大叔父上っ! 剣の稽古をつけてくださると聞いてやってきましたっ!」
甥の子が、剣を片手に喜び勇んでやってくる。
まるで自らの孫を見るかのような慈愛が籠った眼で見ながら、不意に彼は気づいた。
甥の子は、すでに自分が王太子になった時と同じ年齢である。
そう気づいたら、急に体が重く感じた。
もちろん、戦えば誰にも負けはしないが、そうではない。
そろそろ、もう、いいではないか……そう、思ったのだ。
「甥よ、国を任す。政治に困れば宰相に。軍事に困れば獣王に。倫理・歴史ならばエルフ。技術ならばドアーフに。それぞれ頼れば国は健全であろう」
「しかし国はまだ貴方を必要としております」
「いいや、我は最早老害よ。このままでは国は停滞し腐り落ちてしまうのだ。新しい風が必要である。それには甥よ。貴様が一番上手くやれる。無論、批判はあるだろうが。しかしだ。先に言った通り、その時は臣下を頼れ。それに我はもう疲れたよ……」
「叔父う、え……」
甥にとって彼は父だった。
例え彼が自分自身を彼の本当の父に及ばぬと言おうとも、彼こそがこの世で最も偉大な為政者だったのだ。
その彼が疲れたとおっしゃった。見れば確かに老いが見えた。皺も深い。
「永の政、御苦労さまでした。あとは私目にお任せください」
気づけば自然とこう言っていた。
だから甥は王となり、彼は前王となった。
王は前王に、温暖な場所での静養を進めた。
が、前王はそれを拒み、南の地。未だ開拓されてない魔獣蔓延る魔の森に小さな家を建て、そこでひっそりと隠れ住んだ。
唯一供を許された獣王の孫が、月に一度の頼りを持ってくるだけで、誰にも関わろうとしてくれなかった。
王は泣いた。
父代わりである彼が、平凡な幸福すら拒んでいるように思えて。
だってそうだろう。彼は結婚すらしていないではないか……
それらは全て自分の為にしてくれているのだと、痛い程良く分かるが故に、涙が止まらなかった。
だが、そんな時だった。
獣王の孫がいつものように月に一度の手紙を持って来たのは。
その手紙を、喜びに目を細めて読んでいた王の手が、唐突にぶるぶる震えた。
「こ、これは真かっ!」
「GAU!」
「そう、か……そうであるかっ!」
急にガンと立ち上がり、満面の笑顔の王である。
臣下たちは怪訝に眉を潜め、
「どうなさったのですか、王よ?」
「ふははは、聞け、見よっ! この手紙にはこうある。『わし、嫁を狩った』とな」
嫁を、狩った? 買ったじゃなくて? いや、買ったでもあれだけど。
臣下たちの頬が若干引き攣るも、前王の結婚に誰もが喜び歓声を上げた。
時にオルファレス歴327年。
前王、70才の春であった。