7話
大雨のち快晴→一日中快晴→大雨雷のち快晴
なんなの
「最近、雨が降るようになったなぁ」
顔に冷たい液体を受けながら空を見上げるユガ。最近になって頻繁に雨が降るようになった。その量は川の水かさを増やさんとする勢いで、海にまで流れ込んでいるようだった。近々海も元通りになるはず。そうすればきっと生き物も極小ながらも生まれてくるはずだと小さくながらも希望を持ち始めていた。
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雨が降るとなれば当然木をたくさん蓄えた山があるときっと数を増やしてくれると雲を見上げながらぼんやりと座っているユガ。座っているそこは木の結界の中で雨すら通さないために、木の根が地面に染み込んだ水分を感じ取ってはなにやらざわついている様子を見せている。
「嬉しいのかな」
どこかからか、まだ生きている根っこから生えてくるのを期待しているユガは最近成長が著しい木を見上げながら、地面に倒れこんだ。ひんやりしていてとても気持ちいいようだ。そのままうとうとしていると意識は暗闇に落ちていった。
起きたユガは1年も寝ていた事に多少驚いていたが、特に問題ないと寝転びながら木の枝から差し込む陽の光をまぶしそうにすると、立ち上がりおもむろに木に近づくと登り始めた。木は体温を感じているようで揺れているように見えた。枝が折れた跡が足場になり登りやすい木であったため、頂上に登りきるのにそう時間はかからなかった。頂上から見る景色は雲がすぐそこにあるというだけでこの世界は小さく見える。相も変わらず焦げ茶色の大地ではあるが最近の雨のことを考えると大地も潤ってくる頃だろうと楽しみにしているユガ。とりあえず、と呟くと太陽からの日差しが気持ちよかったのかあくびをするとそのまま枝に引っかかったまま寝てしまった。
気づいたら目の前は茶色だった。とユガは思った。さきほどまで自分は確かに木の枝の上で気持ちよく寝たはずだが、と考えながら体を起こそうとすると何かが体から崩れていった。どう見ても葉っぱが枯れ果てた物にしか見えなかったがどういうことなのか。いや、それよりもなによりも優先すべきことは自分が枝から落ちたという現実を確かめるべきなのだが、どうやらそれはもはや痛みと共にどうでもよかったらしい。
「お前がわざわざかけてくれたのか」
ざわざわしているところを見るとどうやらそういうことらしい。どうやったのか知らないが。とりあえずすっかり固く鈍ってしまった体を立ち上がってほぐすために一歩踏み出したユガ。その瞬間ユガの体に特に背中に強い衝撃が伝わった。さすがのユガも突然の痛みにはびっくりしたらしく、しばらく転げていたが原因を探るため辺りを見回すと、何か腐れた果実のような物が転がっていた。踏んだ衝撃で中身が飛び出してしまっていた。赤いものが、飛び出してしまっていた。
「足の裏も真っ赤だよもう……」
とりあえずそれを川にでも流そうかと近づくと、何かいい匂いがしてきた。何事かと腹が常時減っているユガは即立ち上がると周りを見る、が何もない。もう一度しゃがんでみるとまたいい匂いがする。行き着く先は必然。
「これか……?」
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目の前が揺らいでいる。日の光を差し込まないほどの灰色。しかし以前よりも改善された灰色。むしろ前は黒だったと言っても過言ではないほどであった。本来ならば人間が生存できるはずもない空間。それは深海。昔噴火した山の影響で灰が飛散し海は灰色に染まった。大地にとって燃えた跡の灰とはすばらしい栄養だと畑仕事をしていたおばさんが言っていたのを思い出す。そのおばさんも今や大地に還ってしまった。なぜユガがここにいるのかというと、当然足の裏が汚れたというそれだけなのだが、ちょっと灰で汚染された海がなぜここまで改善されているのか。それは昔の先生でも教えてはくれなかったことだ。知らなかったとも言うが、どうやら海の中には人間の知覚し得ない何かがこの髪の毛の一本一本よりも小さい何かが生きているということを見つけた。そうとう集中しなければ魔力の反応も感じられなかったこの極小の存在は、あの果実を思い出させる。あの果実からも、極小の魔力を感じたから。
ふやけてきたのかやっと海から出てきたユガは、片足立ちで飛び跳ねながら木に向かう。枝を数十本集めた物を魔力で強引に溶かし、少々歪だったが樽の様に形状を変化させると、あの果実を腕力の限りを尽くし搾ると、樽の中に貯まった。いい匂いが強くなり、勢いのままに飲み下すとユガは溜息をついた。
「うまー……」
あの果実がどこから出てきたのかは考えるまでもなくこの木からであったが、なぜ急に実をつけたのか。答えは木に直接ユガが触れていた影響で魔力が流れ、成長が促されたというものだ。ユガはそういうものなのだと納得するとそれまでだった。今生っているものを取るより落ちた物を拾ったほうが味わえると画策したユガはいつもより多く寝た。
相変わらず予告もなく跳ね起きたユガ。落ちた果実は即、虚の中に入るように設定していたためか虚の中には大量の果実が入っていた。時間が経過しない虚の中ではまだ時間が足りないと考えると、前に作った小さな樽に加えて、昔拾っていた木材を炭の部分は削ぎ落とすと、混ぜ合わせてさらに大きな樽に仕上げた。その中に全部放り込むと押し込んで蓋をして放置。そしてユガは眠った。
ここの所眠りすぎてお尻を全身が痛いらしいユガは今度から海の中で寝るなどと人外な発言をしているが目線は完全に樽一直線である。樽に近づき蓋を開けるといい香りが充満していた。さっそく中身だけを魔力で持ち上げると、ユガは手で丸めるような仕草をすると熟成された果実群からたくさんの液体が搾られ樽に貯まっていく。ユガの胸元まである樽だが樽の3分の2は貯まっているようだ。見つめるだけのユガだったが、おもむろに樽を掴んだ。そのまま持ち上げて口をつけて飲み始めた。
「ぷはっ」
さすがに重かったのか少し飲むと虚に入れて、小さな入れ物で少しずつ飲むようにしたようだ。それからというもの時間さえあれば果実汁を飲むようになったユガ。とりあえずこれは便宜上赤水とそのまんまの呼び方に決めたユガは心なしか、嬉しそうであった。
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「ぬるい……」
今日も今日とて赤水を飲み干していたユガはある問題に直面していた。いつもの木の下ではなく久しぶりに雲一つなく、夜景が綺麗であったために海沿いで飲むかと意気込んで行ったものの、木の下は結界のおかげで気温の影響を受けにくい状況であったが、今は暖かい時であり長時間飲むなら冷たいほうがいいに決まっていた。しかし虚の中であれば何も影響はない。が、外に出せば冷たさは失われる。とりあえず応急処置として魔力を冷気に変換し辺りに散らせることで対処しているが正直そこまでして飲みたいとは思っていないわけで、そこでこそ魔法陣の出番、というわけである。
そもそも結界は何かを媒体として発動の切り替えができるようになっている。あの木も同じことであるが、そもそもユガにしか切り替えができないので事実上、結界は解けない。さて、そこで魔法陣の張り方だが用意する物はまず魔力が通るものでなければならない。切り替えは魔力を通し魔法陣を起動すれば、あとは勝手に魔力が循環しある程度長続きする。切れたら魔力を補充する必要があるというわけだ。そこで魔力の伝導率が高いものといえば、宝石、である。
拾った青い宝石を一つだけ虚から取り出すと、その宝石に冷却の魔法陣を貼り付けた。実際はここまで簡単なはずもないのだが、直接的に魔法陣をいじれるユガの特権というものだろう。あとはこの宝石を呑む為の入れ物にくっつければ完成である。中身の物が十全に瞬間的に冷やされるという最高に無駄な高性能の飲み物である。
「うまー」
あるこーるです