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第43話 吾輩は鹿である

作者: 山中幸盛
掲載日:2013/02/27

 吾輩は鹿である。愛知県瀬戸市の定光寺自然休養林の中で平成二十年六月に生まれたから四歳になる。鹿は通常一子しか産まないが、一頭のオスが手当たり次第に複数のメスと交尾するので異母兄弟はいっぱいいる。人間のオス諸君、鹿のオスが羨ましいと嘆くことなかれ、メス鹿も妊娠するまで複数のオス鹿と交尾しまくるからだ。このような理不尽なこと、嫉妬深く独占欲が強い人間のオス諸君には耐えられないのではないのか?(異父兄弟もいっぱいいるということだ。)

 近年、日本国中で鹿が増え続け人間界で社会問題になっているが、これは、鹿は人間と違いグルメじゃないから、アセビやナンキンハゼ、カゴノキなどの有毒植物を除き、千種を超える植物の葉、芽、樹皮、果実などを一日に三㎏くらい食べ、牛と同じ反芻胃でもって栄養吸収効率を高めてしっかり精力をつけているからだ。しかも自然環境への対応能力が非常に優れていて、個体数増加により餌資源が枯渇している洞爺湖中島では落葉を中心に採食しているという。

 鹿による食害があまりにも増えているので、明治時代に絶滅した天敵である狼を中国やシベリアから移入して森の奥深くに放す話や(「一般社団法人日本オオカミ協会」推奨)、牧草地では遠隔操作でネットを落下させて鹿の群れを一網打尽にする話(愛知県設楽町の津具高原牧場で公開実演)などが中日新聞で記事になっているが、ことに、吾輩の親戚である屋久島のヤクシカは体長がニホンジカよりも半分近く小型ながら島全体で一万二千~一万六千頭も生息するといわれ、今後も増え続けることが予想されるため、森の生態系を回復させるためにはこれらの暴挙もやむをえないことかと、吾輩は悲観しながら推移を見守っている。

 吾輩が縄張りにしているのは、愛知県瀬戸市と春日井市の市境を流れる庄内川の瀬戸市側で、川平町と鹿乗かのり町辺りの森林の中だ。斜面をヨイショコラと登って森林交流館のすぐ脇にある展望台から見下ろすと、庄内川の右岸を走る中央本線や愛知環状鉄道の電車が笹の葉の芯ほどの太さで走って行き、その向こうの丘陵地には名古屋市のベッドタウンである高蔵寺ニュータウンが広がっている。


 今年も十月に入り、吾輩は発情期を迎えた。小倉百人一首の「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」にある声とは発情期の雌雄の鹿が相手を求める時の声だ。

「おーい、俺の子を産まないか」

 と吾輩が鳴いていると、一頭のメス鹿がやぶの中から近づいて来た。体格からすると三歳ぐらいだ。

「いいわよ」

 と彼女は快諾して立ち止まった。吾輩は気をよくし、首を伸ばし自慢の角が背に触れる程のヘッドアップ姿勢で上唇を引きつらせ歯をむき出してから、低い姿勢で接近して行った。そして彼女の外陰部の臭いをかぎ、なめてみて彼女が充分発情していることを確かめると素早くマウントした。しかし、一回目はうまく交尾できなかった。鹿は通常、一回のマウントで交尾は成功しないもので交尾が成功するまで続けるものなのだが、この彼女は珍しく短気だった。

「あら、一発で決められないの」

 と蔑んだ口調で吐き捨てるように言うや、きびすを返して山の斜面を下り始めた。なんて傲慢なメスだ。吾輩は一瞬顔を真っ赤に染めて立ちすくんだが、しかしここで持ち前のプライドに火がついた。去年も一昨年も五頭以上のメスを妊娠させた実績があるのに(たぶん)、たった一度の失敗で吾輩の実力を決めつけるなんてとんでもないメスだ、許せん! 吾輩はよだれを垂らしながら彼女を追い始めた。

 しかし、このメスはすばしこく、吾輩の自慢の角が木々の枝葉に当たって思うように斜面を下れないので、とうとう庄内川の左岸を走る県道名古屋多治見線に出てしまった。深夜なので車は滅多に通らないというものの、彼女は吾輩を焦らせるためにか立ち止まるどころか玉野橋を渡り始めた。やばい、このメスはいったい何を考えているんだ。春日井市側は集落が続いているから人間に見つかればやっかいなことになる。彼女なんかほっといて引き返そうかとも考えたが、プライドに煽られて屹立した股間がどうにも許さなかった。


  中日新聞 平成24年10月7日付け記事

【見出し】『用水路にシカ 10人救出作戦』

 六日午前九時半ごろ、愛知県春日井市玉野町の玉野水力発電所内の用水路にシカが落ちていると、近くの住人から春日井署に通報があり、警察官と消防署員約十人が救出した。

 体長約一七〇㌢のニホンジカとみられ、深さ一㍍ほどの用水路を泳いでいたが、自力ではコンクリートの壁を上がれず隅で動けなくなった。

 通報から三時間後に救出を始め、首にかけたロープで水から上げようとしたが大暴れ。体が水面から出たところで、角をつかみ力ずくで引き上げた。

 シカはぐったりした様子だったが、近くの山へ放すと元気に走り去ったという。

 用水路はフェンスで囲まれているため、第一発見者の大島靖博さん(76)は「どこから落ちたのか」と不思議顔。「犬かと思ったが、シカだと分かり驚いた」と話していた。



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