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スルーズ空軍航空学園シリーズ

ウィ・ハブ・コントロール! スピンオフ! ―オペレーション・クリスマスドロップ―

作者: フリッカー

・登場機体

C-27Jスパルタン

 イタリア製の中型輸送機。

 スルーズ空軍でも運用している大型輸送機、C-130J-30スーパーハーキュリーズとの高い共通性を持つ。小柄でSTOL(短距離離着陸)性能に優れるため、小規模な飛行場でも運用しやすい。輸送機としてはとても身軽で、何も積んでいなければ宙返りやロールを軽々とこなしてしまうほど。

 参考写真:ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Alenia_C27J_Spartan_at_ILA_2010_11.jpg?uselang=ja


C-130J-30スーパーハーキュリーズ

 世界中で使用されているアメリカ製傑作輸送機C-130ハーキュリーズの最新型。

 胴体が延長されて積載量が向上した他、エンジンや電子機器も新型が搭載されハイテク輸送機として生まれ変わった。スルーズ空軍の機体は空中給油リセプタクルが装備され空中給油が受けられる。

 参考写真:ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:RAAF_Lockheed_Martin_C-130J-30_YPMC_Creek.jpg?uselang=ja


C-17AグローブマスターIII

 アメリカ製のジェット輸送機。

 大規模かつ長距離の航空輸送である戦略輸送用に開発され、C-130の4倍ものペイロードを誇り、戦車やヘリコプターなども輸送できる。その巨体に似合わず離着陸性能も高い。スルーズ空軍では国際貢献任務用に小数を運用している。

 参考写真:ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Globemaster_0026.jpg?uselang=ja

「今日は楽しいクリスマス、か……いつからかな、クリスマスを純粋に楽しめなくなったのは……ううっ、寒っ!」

 アリス・リンドブラードは、愛機であるC-27Jスパルタンのコックピットの中で小さく身震いした。

「エアコンの温度上げましょうか、姉さん?」

 隣の席に座る妹のベルタが、書類から目を離さないまま言った。

「頼む。でもやっぱ吹きこんでくる風が冷たくてな……作業まだ終わらねーのか?」

 そう言いながら席を立ったアリスは、コックピットから貨物室へと移動した。

 コックピットのすぐ後ろにある貨物室からは、楽しそうにクリスマスソングを口ずさむ声が聞こえてきた。

 同時に、貨物室の後ろから大きな貨物の塊が入ってくる。

「カローネ、積み込みあとどのくらいで終わる?」

「あ、アリス姉ちゃん! あとパレット1つだよー。でもそれ終わってもくくりつけがあるから、まだちょっと時間かかるなー」

 貨物の裏からひょっこりと顔を出したのは、アリスのもう1人の妹、カローネだ。

 彼女はアリスの質問に答えると、また楽しそうにクリスマスソングを口ずさみながら、引き返す。

 貨物室の外には、細長い板に運転席とタイヤをつけただけのような奇妙な自動車――カーゴローダーが駐車しており、その上に最後の貨物を載せていた。

 カローネは、それを押して貨物室へと運ぶ。カーゴローダーもスパルタンの貨物室も、床がローラーになっているので、特段力持ちな彼女でなくとも押して入れる事ができる。

 貨物はパレットという1枚の板にまとめて積み上げられており、厳重にベルトで固定されている。そんな貨物が入った箱はどれも色鮮やかで、『Merry Xmas!』という英文がいくつも書かれていた。

 パレット4枚分の貨物を積み込んだカローネは、再びアリスの前にやってくる。

「はい、重量の計算書だよー」

「サンキュ」

 カローネは、アリスに1枚の紙を渡した。そこには、今回積んだ貨物の重量が書かれている。

 輸送機のパイロットは、自らの機体にどのくらいの重さの積荷を積んでいるのか、正確に把握する必要がある。積荷の重さによって機体の挙動が変化するからで、パイロットは貨物と燃料の重さも加えた機体の重量から、離陸に必要な速度を計算しなければならない。

 作業に戻ったカローネは、積んだ貨物を固定する作業に入った。その間もクリスマスソングを口ずさむのを止めず、とても楽しそうに見える。

「ああ、心も冷えるぜ、全く……」

 アリスは吹き込んできた冷たい風に身震いしつつ、コックピットに戻った。


 今日はクリスマス。

 世界中がお祭り騒ぎになる、聖なる日である――


     * * *


 天気は曇り、日差しが弱い。いずれ雪になるとの予報だ。

 貨物を積み込んだスパルタンは、プロペラの羽音とジェットエンジン特有の金属音が混じった、ターボプロップエンジン特有の音を響かせながらエリス基地の滑走路から飛び立った。

 エリス基地は、スルーズ空軍の全ての輸送機部隊が集まる、いわば空軍の物流拠点と言える基地だ。離陸中に駐機場(エプロン)を見下ろすと、スパルタンだけでなく一回り大きなC-130J-30スーパーハーキュリーズや、もっと大型のC-17AグローブマスターIIIの姿も見える。

 アリス・リンドブラードはこの基地にあるスルーズ空軍航空学園エリス分校の生徒であり、輸送機パイロットの候補生として日々飛行実習に励んでいる。

 今回のミッションも、その一環だ。

「考えてもみろよ。神様の誕生日を祝うはずのクリスマスが、どういう訳か恋人同士が愛を育んで、独り身の奴が置いてけぼりを食らう日になってるって、おかしいと思わねーか?」

 上昇を終えて水平飛行に移った所で、コックピット左側の席に座るアリスは話し始めた。

「……そう。姉さんは『プレゼントじゃなくて爆弾落としてー!』とでも思ってるの? いくら恋人がいないからって、聖夜にそんな物騒な事やったら捕まるわよ」

「そんな事言いたんじゃねーよ! クリスマスといえば、プレゼントって相場が決まってるだろって事が言いたんだよ!」

 アリスの主張に、隣に座るベルタの目が僅かに見開かれた。

「クリスマスプレゼントって言うのは、子供からお年寄りまで楽しめる老若男女共通のイベントだろ? それを無視して恋人同士の日にするって言うのはどうなんだよって言いたんだよ!」

「……」

 唖然としたように、黙り込むベルタ。

「何だよ、変な事言ったか?」

「姉さんにしてはまともな事言うなって」

「何だよ、そのあたしが普段まともじゃねーような言い方は?」

「アリス姉ちゃんの言う通りだよ思うよー」

 すると、コックピットに入ってきたカローネが顔を出す。

「クリスマスが恋人の日になっちゃったら、サンタさんの出番がなくなるもんねー! そんな訳で、はいこれ」

 カローネは、アリスとベルタに何かを差し出した。

 それは、サンタクロースが被るあの赤いナイトキャップだった。

「な、何だよこれ? これ被って操縦しろって言うのか?」

「その方が盛り上がるでしょー? 今日はあたし達がサンタさんだからねー!」

 そう言って、帽子をかぶり。

「今日はみんなで楽しんでいこうよー、アリス姉ちゃん! ベルタ姉ちゃん!」

 かわいらしくウインクして見せるカローネ。

 その姿を見て思わずくすりと、笑ったアリスは。

「そうだな」

 そう言って、一旦ヘッドセットを外してから帽子をかぶった。

「……悪くないわね」

 ベルタも、顔を緩めて同じく帽子をかぶる。

「よし、それじゃ始めるか。『オペレーション・クリスマスドロップ』を!」

「はーい!」

 アリスが力強く操縦桿を握って言うと、カローネが弦よく返事をし、ベルタが無言でうなずいた。

 だが。

「ほんとの事言うとね、コスチュームも用意したかったんだよねー。ほら、ミニスカサンタって男の子に喜ばれるでしょー?」

「用意しなくて正解よ、カローネ。姉さんには一番似合わないコスだから」

「お、おめーらなあ……!」

 その後のベルタとカローネのやり取りを聞いて、少しだけ頬を赤く染めた。

 自分にはそんな恰好をする資格がない、と言われた事が少しだけ悔しくて。


     * * *


 スパルタンが向かった先は、戦闘機パイロット候補生が集まるファインズ基地こと、スルーズ空軍航空学園ファインズ分校。

 人工島の上に作られたこの場所が、今回のミッションの舞台だ。

 作戦名、オペレーション・クリスマスドロップ。

 その目的は、単純明快。

 この学園に、クリスマスプレゼントを届ける事だ。

「ファインズ管制塔(タワー)、こちらリンドブラード・エクスプレス。プレゼントを届けに来ました。基地上空への進入許可を願います」

『了解。滑走路13Lからの進入を許可する。風は北西の方向、穏やか』

「風は穏やかか、絶好のコンディションだな。よし、行くぜ!」

 アリスは操縦輪を操作し、機首を学園の上空へ向けた。

 左手に見える駐機場(エプロン)を見てみると、既に大勢の生徒が見物にやって来ているのが見える。オペレーション・クリスマスドロップは、ファインズ分校の恒例イベントなのだ。

「カローネ、カーゴドア開け!」

『はーい!』

 貨物室にいるカローネに呼びかけると、カローネが貨物室のカーゴドアを開ける。

 ゆっくりと自動で開かれるカーゴドア。同時に暗い貨物室に光が差し込み、冷たい風が入ってくる。

「間違っても海にボチャンはやめてよね」

「わかってるって。いつも『ゴミ運び』呼ばわりする奴らに、あたしら運び屋の実力を見せてやるさ!」

 スパルタンはやや機首を上げつつ、学園の上空をゆっくりと通過する。

 そして。

「投下開始!」

『3、2、1、投下!』

 カローネが合図すると、貨物――もといクリスマスプレゼントを固定するロープが外れた。

 4つのパレットに分けられたプレゼントは、機首が上がっていた事で一気に貨物室を滑り出し、外へと放り捨てられた。

 同時に、蓋をするように付けられていた袋から、パラシュートが開く。

 無事に4つ開いたパラシュートには、全てサンタクロースの顔のイラストが描かれていた。

 そんなパラシュートによってゆっくりと落ちていったプレゼントは、無事に滑走路付近に降り立った。

『プレゼント、全部投下成功!』

 カローネがそれを、カーゴドアからのぞき込んで確認する。もちろん、万が一落ちないように彼女の体には命綱がついている。

 無事に降り立ったクリスマスプレゼントを見た学園の生徒達は、スパルタンに大きな拍手を送っていた。

「カーゴドア閉鎖!」

 アリスの指示で、カローネはカーゴドアを閉める。

 カーゴドアは自動でゆっくりと閉じていき、がしゃん、と音を立てロックされた。

「よし! ミッション成功だ!」

「ええ」

 ガッツポーズをとったアリスは、達成感のあまりベルタとハイタッチを交わした。

 当のベルタも、表情を緩めており、任務を果たした喜びを感じているようだ。

『ツルギ様もこのプレゼントに当たるといいなあー』

「バカ、あいつならとっくにあの女とイチャイチャしてるだろうさ」

 カローネの言葉に、皮肉で返すアリス。途端に黙り込んでしまうカローネに、思わず笑ってしまうアリス。

 ちなみに投下されたプレゼントは、抽選によってランダムに生徒に配られる事になっている。

『でもさ、あたし達のプレゼントはどーなるのー?』

 だが、カローネの一言でアリスは一瞬顔色を変えた。

「な、何変な事言ってんだよ! サンタさんが運ぶプレゼントもらってどーすんだよ! プレゼントは人に配るもんだから、運ぶあたしらには関係ないだろ?」

『あれー? アリス姉ちゃん、もしかして本当は欲しかったりするー?』

 冷静さを装うアリスを試すかのようにカローネが問いかける。

「バ、バカな事言ってんじゃねーよ! オペレーション・クリスマスドロップでサンタをやるとなりゃ、覚悟は決めてたぜ? プレゼント欲しいなんて微塵も考えてないからな、微塵も!」

『ほんとー? その言い方「ツンデレ」のテンプレだよー?』

 カローネのいたずらな問いかけ。

 うぐ、とアリスの息が一瞬詰まり、顔に動揺の色が表れる。

『ほんとは欲しいんでしょ? 何が欲しいのー? カレシー? アリス姉ちゃんは態度が男っぽいからモテないもんねー。アリス姉ちゃんだって、クリスマスは恋人と一緒に過ごしたいんでしょー?』

「……っ!」

 言わせておけば、と湧き上がる激情で、操縦輪を握る手にぎりぎりと力が入る。

 それを何とか歯噛みして抑えつつ、隣のベルタに告げる。

「ベルタ、ユー・ハブ」

「……? アイ・ハブ」

 なぜこんな時に操縦を代わるの、とベルタは疑問に思ったのだろう。

 やや目を丸くしつつも、アリスに代わって操縦輪を握るベルタ。

 確認したアリスはシートベルトとインカムを外して操縦席を立つと、1回大きく深呼吸。

 そして。

「やるかカローネッ!」

 腕をまくって、貨物室へと飛び込んだ。

 うわっ、とカローネが驚く声や、どたばたとやかましい音がベルタのインカムに流れ始めた。

『大体てめーにだってカレシいねーじゃねーか! いつもわざとらしく愛想振り撒いてるから「ツルギ様」にだってフラれるんだ! 人の事言えねーだろ!』

『あ、相手にもされないアリス姉ちゃんよりはマシでしょ!』

『うるせーわ!』

『こっちだってうるせーわーっ!』

 インカム越しでは大きすぎる口喧嘩と騒音。

 きっと2人は、貨物室の中で見るに堪えない取っ組み合いをしているのだろう。

 否応なしにその騒音を味わわされるベルタの表情にも、さすがに怒りの色が浮かび上がっていく。

「……仕方ないわね」

 意を決したベルタは、その怒りを表現するように操縦輪を強く左に傾けた。

 急激に左へ横転(ロール)し始めるスパルタン。

『うわー!』

『きゃー!』

 何とも情けない声を上げるアリスとカローネ。

 さらに、どん、という鈍い音。

 急に傾いた機体の中で、2人が壁に転がり落ちたのが容易に想像できる。

『何すんだよベルタ! 危ねーだろ――うわー!』

 アリスの文句を聞き終わる前に、今度は操縦輪を右へ。

 またしても、2人が転がり落ちる鈍い音が響く。

 機体が水平になったのを確認してから、ベルタは機内放送を使って呼びかける。

「2人共、聖なるクリスマスに喧嘩なんてみっともないわよ。これ以上続けるなら、機内でミンチになるまでシェイクするわよ?」

 その声は普段のクールさを保ちつつも、相手を怯ませる凄みを感じさせる重さを持っていた。

 さしもの2人も、これにはしばし絶句。

『わ、わかった! もう止める!』

『ご、ごめんなさーい! 悪乗りが過ぎましたーっ!』

「わかればよろしい」

 2人が謝ったのを確認して、ベルタは機内放送を切った。

 はあ、と深い溜め息をつきながら。

『こちらファインズ管制塔(タワー)。リーフェッジ、何があった? 状況を報告せよ』

「いいえ、ちょっとしたトラブルが起きましたが、もう解決済みです」

 騒ぎを嗅ぎ付けた管制塔とやり取りしていると、頭を手で押さえながらアリスが戻ってきた。

「いたた……いつの間にあんな激しい操縦覚えてたのか、ベルタ?」

「お隣にいいお手本がいたから」

 アリスが席に戻った時には、既にベルタはいつもの表情に戻っていた。

 ふとベルタが、外を見てある事に気付く。

「あ。姉さん、見て」

「ん?」

 ベルタに催促されるがままに、外を見るアリス。

 見ると、キャノピーに白い粒がいくつかつき始めている。

「雪だ!」

「今日はホワイトクリスマスになりそうね」

 予報通り、雪が降り始めたのだ。

 プレゼントを届けた後に雪を降らせるなんて、雲も考えているじゃないか、とアリスは思わずにいられなかった。

「さて、最後に1回挨拶してから帰ろうぜ」

 そう言って、アリスは再びスパルタンの機首を学園へ向けた。

 雪の中、スパルタンが再び学園の上空へ進入する。


「メリークリスマース!」

 トナカイが引くソリではなく、軍用輸送機に乗ってやってきた3人のサンタクロースは、翼を左右に振る機体の中から元気よく挨拶した後、学園上空を飛び去って行った。

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