家出少女
警告です。
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それは、12月のある雪の夜のことだ。
街を走る車はもうめっきり少なくなり、方々に飾られたクリスマス用のイルミネーションも大半が消されている。
時刻は午前1時。
ほとんど風はなく、闇夜の中を雪はしんしんと降り続けている。
路面にもうっすらと雪は積もってきていた。
寒い。
はーっと吐き出した息は白かった。
たとえこんな時間だろうと、コンビニエンスストアというものは必ず開いている。
あたり一面静かな闇に包まれている中、その店舗だけはまるで夜を知らぬかのように光り輝いていた。
昨日今日と仕事は休みのため、土曜日であった昨日は昼寝をずっとしていた。
そのせいで夜眠れず、俺は仕方なくコンビニにふらっとやってきただけだ。
(雑誌でも立ち読みして適当に帰ろう)
そんなことを考えつつ、コンビニの前までやってきた。
「お兄さん」
ふいに呼び止められた。声がした方を見ると、1人の少女が駐車場のコンクリート製車輪止めに座ってこちらを見ている。
彼女は、制服姿だった。確かこの制服は、ここから少し遠い場所にある高校のものだ。
またその高校指定の鞄を持ったままだ。
つまり、放課後下校した後家に帰ってはいないということだろうか?
「?」
無視しようと思ったが、すでに彼女と目を合わせてしまった以上それは通用しない。
あきらめて俺は気付くことにした。
「お兄さんお願い。今夜泊めてくんない?」
彼女は立ち上がり、いきなり俺にそんなことを聞いてきた。
あまりにも突然のことだったために俺は驚く。
「え、泊めるって?」
「今夜だけでもいい。もうお腹すいてて・・・お金ももうないし」
どういうことなんだ、と俺は疑問に思う。
「どうしてうちに帰らないの?」
「・・・」
とたんに少女は黙り込んでしまった。
どこか緊張しているというか、恥ずかしがっているというか、そんな感じで目を下に向ける。
「・・・ちょっと待ってて。何か買ってきてやる」
俺はそう言い残してコンビニに入っていった。
暖房が効いたコンビニから出ると迎えてくれたのは、やはり厳しい寒さだった。
ただ、先ほどまで降っていた雪はやんだようだ。
「ほら、肉まん買ってきてやったから、どういうことなのか話してみて」
少女はまだそこにいた。
俺は2つあるうちの1つを少女に渡し、もう1つの包み紙を取り始めた。
「あ、ありがと・・・」
腹を空かせていたんだろう。それに寒かったに違いない。
勢いよく肉まんに食らいつき、案の定アチチチとか言っていた。
そこからしばらく、お互いは食べることに集中していて静かになった。
食べ終わったのはほぼ同時だ。
「あの・・・お兄さん」
しばらくして、少女の方から口を開いた。
「やっぱり・・・泊めてはくれないかな? もし泊めてくれるんだったらなんだってしてもいい。エッチしてもいいよ」
この発言で俺は確信した。
「・・・家出したのか?」
「・・・」
またしても顔をそむけてしまう。だが、答えないということは肯定しているということなのだろう。
「んと、とりあえず・・・一体どうして家出したのか話してくれないかな?」
またしても沈黙がしばらく流れた。
冬の夜と言うのはかなり冷え込む。肉まん1つくらいでは体は暖まらない。
気が付くと、再び雪が降り出していた。
「・・・今朝、ママと喧嘩した」
唐突に口を開く少女。
「私、宿題とか大嫌いで全然出さなくて、その前の夜に出してないことがママにバレてひどく怒られたの。それで夜の間にやれって言われたんだけど結局悪い癖で、ゲームやっちゃったんだよね・・・」
小さな声でそう話す少女。たまに走る車の音で声がかき消されそうなほどに、その声は小さい。
「次の日になってやってないことでまた怒られて、私もむきになっちゃって反発したの。しかも朝ごはんが私の嫌いなものでさ・・・ついカッとなって用意してあった私の分のを払って、お皿割っちゃった。さっさと学校行っても宿題やってないことで先生にまた怒られるし・・・」
話している途中でだんだんと鼻声になっていくのは、たぶん気のせいではないだろう。
「教室で名指しされて怒られたから友達からも『まだやってないとかマジ?』とか言われるし。期末テストの結果も悪かったし。だいたい友達みんな髪染めたりしてて・・・私だけみんなよりも遅れてるの」
少女は本格的に泣き出した。頻繁に鼻をすすったり、涙を拭いたりしている。
「みんな・・・もう友達はとっくに経験もしてて私だけ処女で恥ずかしいし・・・私だって抱いてほしい。処女を捨てたい・・・仲間外れでつらい・・・」
震えながら、少女は泣き崩れた。きっと、今語ったことが彼女の本心そのものなんだろう。
誰にも相談できず、ただ自分で抱え込むことしかできない・・・その結果ストレスを溜めて、家出と言う結果になったんだろう。
着ていた上着を彼女にかぶせてやり、泣き止むのを待つことにした。
彼女が落ち着いたのを見計らって、俺が口を開く。
「・・・君の言うことは大体わかった。でも、君はまだ未成年だろ? ここで俺が君を連れて行ったら、誘拐とか法律沙汰になっちゃうからそれはできない」
「・・・」
震えながら、少女はこちらの話を聞いていた。
まだ少し泣いているようだが、だいぶ落ち着いたようだ。
「きっと今頃、お母さんは君のこと心配してると思うよ。本当に君のことなんかどうでもいいって考えてるなら、宿題をやってなかったことを怒るなんてしないよ。もちろん、それは先生にも言えることだ」
「・・・ママ・・・」
「それと・・・処女を捨てたいなんて考えちゃだめだ。そういうものは、自分が本当に好きって思える相手に出会えるまで、大事にとっておくんだ。いいね?」
「・・・でも・・・友達はもう・・・」
「君は君、友達は友達だよ。何も恥ずかしいことじゃない。髪を染めるだとかも全然気にすることなんかじゃないんだ。君は君の道を行けばいい」
そこまで話したときだった。
少女が持つケータイが着信音を上げたのは。
『あ、もしもしリカ? 今どこにいるの!?』
「あ・・・ママ・・・その、今黒木の交差点とこのコンビニ」
『大丈夫? 寒かったでしょう? こんな時間まで・・・ごめんね・・・』
「ママ・・・こっちこそごめんね。心配かけちゃったし・・・今朝のことも・・・」
通話の様子を聞くに、母親が電話をよこしたのだろう。噂をすればなんとやら。
やっぱり、心配していたみたいだ。
「な、やっぱりさっき俺が言った通りだっただろ」
電話が終わってからそう言いかけると、リカはうれしそうにうなずいて見せた。
よく考えると、初めて見せてくれた笑顔だ。
「この先の駅に車で迎えにきてくれるみたい。お兄さん、私これで帰るね」
「ああ、分かった」
「ありがと、ホントに・・・」
そう言って俺に上着を返しつつ微笑む彼女は、先ほどまでとはまるで別人だ。
心から感謝してくれてるみたいで、なんだか俺もうれしい。
「お兄さん、もしよかったら・・・名前とケー番教えてくれる?」
コンビニからの去り際、リカはケータイを取り出しつつそう聞いてきた。
「え、んー・・・悪い、俺は年下には興味ねーんだ」
そう言ってはぐらかすと、リカからはこのような言葉が返ってきた。
「ふふ、馬鹿だね。別にそんなつもりで聞き出そうなんて考えてないよ」
「ちぇっ・・・じゃあなんで知りたいんだ?」
リカは少しだけ考えてから答える。
「んとー・・・まあ、何でもないってことで」
「っておい!」
俺のツッコミにはあえて何も返さず、リカは最後にこう言った。
「お兄さん、今日は本当にありがとう。私、がんばってみるよ」
リカの後ろ姿が夜の闇に溶け込んでいき、やがて見えなくなる。
いっそう激しくなっていく雪と風。少女を見送ってすっかり冷え切った体を温めようと、俺は再びコンビニに入った。
店内ではラジオが聞こえ、天気予報をやっていた。どうやら明日は大雪らしい。
ふと、雑誌コーナーに置いてあった1冊の週刊誌が目に付いた。
『「泊めてくれたら言うことなんでも聞く」家出少女たちの衝撃的な実態とは!?』
まだまだこの国では大勢の少女が家出をしているのが実際のところだろう。
先ほどのリカのように家出を思いとどまってちゃんと家に帰るのが全員と言うふうには、とてもではないが言えそうにない。
家出するということは、必ず何かしら問題があるということ。
その問題をどうにかしない限り、家出はなくならないのだ。
肉まんを1つだけ買い、俺は帰路につく。
外はすでに、吹雪きかけていた。