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第二話 潜る危険 潜らない危険

88式「てぇへんだてぇへんだ」

聡子「どうしたんです」

88式「お気に入りが二桁に届きそうな勢いでござる」

聡子「週末予告したのに間に合ってませんね」

88式「日曜は週末…じゃないよな。すみません」


ほどなくして冒険者グループは返却書を仕上げ、

装備を返却して宿舎へと帰っていった。


その書類は未決書類の少ない私の側に振り分けられる。

非難の意をこめて倉吉さんを見やると出鱈目な口笛を吹いている。



「倉吉さん、そういうの、どうかと思いますよ」

「何のことだかね~」

「元々倉吉さんは書類仕事が遅い人ですよ」



先ほど帰っていったパーティーの指揮官コマンダーの女性が戻ってきていた。



「きっついなー真田さん」

「あれ、何かお忘れですか?」



彼女、真田美紀さなだみきさんはこの迷宮に挑んでいる冒険者の中では

最古参に当たる。この迷宮の探索は10年ほど前から始まっていて、

彼女は当時からここに潜っているという。


ちなみに、冒険者名簿の管理も第七種冒険者の仕事なので

彼らの大雑把な経歴や一定の個人情報も私たちには筒抜け、という事になる。

元は第五種冒険者、斥候スカウトだったらしい。

5年ほど前から第二種冒険者として登録されており、迷宮をよく知る冒険者として

初心者冒険者たちを率いる一種の教官としての役割を担っているようだ。



「あぁ、真田さんはさ。新人君たちの事が気になるのさ」

「?」

「装備の確認を、ね」

「君も知っておいた方がいいだろう。真田さんについていってくれ」

「でもこれ、どうするんです?」

「今日は他に帰還予定のパーティーはないから大丈夫だ」

「はぁ、そうですか」



私たちは預かり所の奥の保管倉庫に向かった。



「よお、真田くんに嬢ちゃん」

「おやっさん、お邪魔しますね」

「おじゃまします」



保管倉庫を管理しているのは年配の第七種冒険者の

椎名敦しいなあつしさん、通称おやっさんだ。

彼は組合発足当時から他の地域の迷宮に潜っていた人で

迷宮での負傷が原因で引退して、ここの管理者になったらしい。

第七種冒険者はそういう経歴の人間も少なくない。



「すみません、別にあなたの事が信用できないわけではないのですが」

「分かってるさ。最近の奴らは自分でやろうとしないからなぁ。困ったもんだ」



からからと笑いながら椎名さんは先ほど真田さんたちのパーティーが

返却した装備をカウンターの下から出した。

彼女はそれ受け取って奥へと入っていった。



「真田さんは何を?」

「あぁ、装備の手入れさ。第七種の仕事になっちまってからは

 自分で整備するヤツなんてほとんどおらん。

 自分の命をかける装備だというのにな」



椎名さんは肩を竦めてやれやれ、と苦笑した。

装備の管理、整備は引退した第六種冒険者が行う事が多いらしい。

椎名さんもその一人で、元は陸上自衛隊の隊員という経歴の持ち主だ。



「だが、一概に悪くはない。下手糞がいい加減な事をして

 自分と仲間の命を危険に晒すよりはいいのかもしれん」

「でも、何故真田さんが?」



椎名さんはしばらく私の顔を見つめてから、小さく息を吐いた。



「お前さんなら、大丈夫だろう。

 …あいつが斥候スカウトだったのは知っているな?」

「えぇ」

斥候スカウトはいろいろとできる事が多い。

 迷宮ではほとんど必須とも言える存在だ。

 だが、数はそう多くはないから引っ張りだこだ」



椎名さんの言う通り、斥候スカウト

迷宮では欠かせないと言われている存在だ。


怪物たちは縄張り意識でもあるのか一定の範囲内で活動し

そこにある物品やら資源やらを溜め込む性質のあるものもいるという。

中にはある程度の知能があったり、道具を作るものまでいるらしい。


彼らの仕業なのか、迷宮内には悪質な罠や

溜め込んだものを詰めてある「宝箱」のようなものまである。

そして、当然、その宝箱にも罠がかけられている。


冒険者の中にはそういった宝箱ではなく、怪物をなるべく避けて

落ちている物品だけを回収する「拾い屋」もいるが

ほとんどの冒険者はその宝箱を狙っている。


政府等からの援助があるとはいえ冒険者組合の資金繰りは

決して良い訳ではないが冒険者のモチベーション維持のため

最低限の生活費用以外は出来高によって冒険者に還元される。

それが宝箱を狙う冒険者が多い理由だ。


それゆえ、優秀な斥候スカウトは忙しい。

今日私が受理した申請書の中には同じ人の名前が何人かあったが

その全員が斥候スカウトだった。



「冒険者自身が整備をしていた頃、整備の役目は斥候スカウト

 回る事が多かった。彼らは手先が器用だからな。

 あるいは俺みたいに元々ある程度、銃器の知識がある第六種だな」

「そんな、ただでさえ斥候スカウトの人は忙しいのに…」

「俺もそう思ってた。だからあいつの手伝いもしてたんだ。

 …でも、とうとう事故が起こっちまった。」

「ぇ…」

「あいつの仲間の銃が作動不良ジャムを起こした。

 …原因は分からん。発砲のサイクルは複雑だからな。

 どこでどう不具合が起こったのか…。

 払い下げられた使用期限ぎりぎりで劣化した

 弾薬のせいだと俺は思っているが…」



訓練官が怖い顔で私に銃のトラブルの話を

何度もしてくれたのを思い出した。

作動不良ジャムを引き起こす要因はいろいろとある。


弾薬が原因となって起こる場合。


使用者の撃つ際の癖や非力さが原因となる場合。

銃自体にガタがきている場合。


…手入れ不足の場合。




弾薬も銃本体も払い下げ。

弾は古いし、銃のフレームにもガタがきている。

その上手入れも管理も元は素人だったり、

引退して勘の鈍った人間がする。



こ れ で ト ラ ブ ル が 起 こ ら な い は ず が な い






「誰も真田を…責める奴はいなかった。

 俺たちは、常に危険と隣り合わせだ。覚悟はしていたんだ」

「…それが、5年前ですか?」



長い沈黙。椎名さんは、ただ黙って頷いた。

そして私に背を向けて続ける。



「そして、装備の整備、管理が一部の第七種冒険者の仕事になった」












「お待たせ。あら、どうしたの?」



私の顔は、多分青ざめていたのだと思う。

真田さんが心配そうに顔を覗き込む。

椎名さんが豪快に笑いながら私の肩を叩いた。



「いやーすまんすまん!俺が迷宮の話をしたら随分怖がっちまってな。

 死んだ仲間が後ろから肩を叩くとか、野営中にいなくなる奴の話とか」

「ちょっとおやっさん、新人の倉庫番さんを怖がらせちゃだめでしょう?」

「いやーつい癖でなぁ」



苦笑交じりにたしなめる真田さんに、先ほどまでの雰囲気を

微塵も感じさせない笑顔で頭をかく椎名さん。




“いいか、嬢ちゃん。第七種ってのは昔はなかったんだ。

 仕事が膨れ上がったのには、どれもこれもこんな事情が絡んでやがる”




「椎名さんはいつもそれです。若い子たちを見ると決まって

 そういう脅かし話ばっかりするんだから」

「ははは、そうだったか?」

「そうです!この前もうちのとこの子に迷宮の幽霊話したでしょ」

「んー、そうだったか?」

「んもう」




“死ぬ心配なんてない第七種そうこばんでよかった。なんて思っているなら

 そんな考えは捨てる事だ。事情の中には人死にが出ているのも多い。

 そいつがいつ


 第 七 種 冒 険 者


 に降りかからないとも限らない”




「まったく、そんなだから裏で怖い人だなんて言われちゃうんですよ」

「んー、古い時代の迷宮潜りはみんなそう言われるもんだぜ?

 真田だってそうだろ。鬼軍曹ってお前の教え子はみんな言ってるぞ?」

「それとこれとは話が別です」




“いいか、俺たちの仕事には、死臭がしているんだ。それを、忘れるな”




「ほらもう、完全に怯えちゃってるじゃないですか」

「ははは、俺に言わせれば、いい薬なんだがなぁ」

「はー、これじゃ今日は使い物になりませんよこの子」




“そいつを忘れたら、その腰の銃を使う事になる。

 或いは…使うまでもなく、お前さんは亡者の列にご招待、となるだろうな”




「俺のとこに新人を寄越したんだ。三上のヤツも分かってるだろ」

「でも、彼、かなーり仕事たまっている状態でしたよ」

「…いつものことだろ」




“第七種冒険者というのはな…血生臭い仕事なんだよ。

 だから世間にはあまり知られず、冒険者たちも口を閉ざす。

 宿舎通いで、家族とも連絡をとらず、社会を拒絶する連中が多い”




「まぁ、確かにそうですよね」

第七種そうこばんなんていい加減な奴ばかりだぞ?」

「おやっさんは違うでしょ」

「そうでもないと俺は思っているんだがな」




“辞めるなら今のうちだ。第七種冒険者は、所属して

 一ヶ月の間なら理由を問わず離職する事が出来る。

 …その間知った事を、沈黙する義務はあるがな”




もう二人の言葉は頭に入ってこない。




“一番リタイアが多いのは、歴史が浅いはずの第七種冒険者だ。

 一晩よく考えろ。


 …これに比べたら他にいくらでも、マシな仕事はある”


88式「ずずんと重い話にしました」

倉吉「前の話からすると酷い落差だねぇ」

88式「ちなみに一発ネタっぽぃこの話を続けるのを決めたのは

   ここを思いついたときだね」

倉吉「ほんと暗い話好きだね君は」

88式「いや、ハッピーな話は大好物なんだけど

   どうも自分で書くとしっくりこないんだ」


88式「ちなみに言われてもいない椎名の経歴を聡子が

   知っているのはデータ見たからです」

聡子「いろいろ利用して私腹を肥やす第七種とかいそうで怖い」

88式「そういう事する子は“転属”しちゃうような気もする」

聡子「おおこわいこわい」


2011.2.11改稿

後書き差し替え。

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