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第5話 太子・燕景、来訪! ~ 争いは同格の者のみに発生するもの也 ~

 基本的に来客時のみ対応の悠々とした営業ではあるが、桃花タオファが夕暮れ頃に店じまいをしていると、外から響いてきた馬蹄の音が玄関先で停止する。


「あら? こんな時間に、お客さまかしら」


 のどかな居住地の雰囲気が馴染んできたのか、のんびりとした口調で呟くと、反対にどかどかと慌ただしい足音が響いてくる。


 そうして桃花が診療にも使っている応接室に、勢いよく駆け込んできたのは――


「――桃花! ようやく見つけたぞ!」


「あら()()さま、お久しぶりです」


 太子、つまり国の王の()()()。要するにこの国で()()()()()()と誇張なしに言える人物に、しかし桃花は気軽に応対し、当の太子も満更でない様子だ。


「太子などと、他人行儀な……いつも言っているが、余のことは親しみを込めて、燕景えんけいと呼んでくれ!」


「はあ、いえ、他人行儀も何も、いつも言っていますが他人なので……まあでは、燕景さま。そんなにお急ぎで、本日は何用でしょうか?」


「何用もなにも、桃花、きみを捜して来たのだ! 南で起こった反乱を鎮圧して帰還してみれば、桃花が都から去ったと聞き、実際にきみの以前の住まいに行ってみたら、本当にもぬけのからで……心底から心配したのだぞ!?」


「ええっ? ですが身辺整理している間に、請け負っていた仕事は全て終わらせていましたし、宮廷にもお薬は全てお送りしてあったはずですが」


「そういうこっちゃないのだ! あれほど心を通じ合わせた余に、何の相談もなくいなくなるなど……何か悩みがあったのだろう、水臭いではないか!」


「心を通じ合わせた、って、何度かお話をしただけのような? それに、悩みは確かにありましたが……それについては、解決しておりますし」


「あいや、皆まで言うな、分かっておる! きみが残した文を、部下から受け取って読んだからな……〝猫ちゃんを拾ったので、これからはこの子と一緒にのんびり暮らしま~す♪〟などと、信じられぬ! 何か隠しておるのだろう!?」


「いえ本当に、それが全てなんですけれど……」


「でなければ妖魔の類に、そそのかされておるに違いない! ええい、余の桃花をかどわかすとは、許せぬ!」


「あなたのじゃないですし、聞いてくださいってば……」


 割と塩対応の桃花だが、相手が国の太子であること以上に、そうした接し方が出来るのは少しばかり変わっている。


 何せこの燕景、太子という身分でありながら武人らしい精悍さが窺え、さりとて容貌にはしかと気品もそなえている。都でも、女人は一目見るたびに黄色い嬌声を上げるほどの人気ぶりで、身分以上の好漢だと評判だった。


 そんな燕景に対し、ほぼ興味なしの対応を徹底できる辺り、桃花の男への()()()()っぷりも堂に入ったものである。

 さて、それはそうと一人で盛り上がっている燕景が、意気軒昂に声を上げた。


「さあ何処にいる、桃花をさらったあやかしよ! 余を恐れ、隠れても無駄だぞ……姿を現せ、泥棒猫め!」


「……あっ! ええと、手紙には猫ちゃんと書きましたが、実は――」


 桃花が言い切る前に、()()()()は、姿を現した。

 猫、ではない――圧倒的な体躯の白い大虎が、のそり、目をギラつかせながら室内に入り込んでくる。


『…………』


「!? なっ……タ、桃花、これは一体、どういう……」


「あ、ええと……私も最初は猫ちゃんかと思っていたのですが、少ししたら大きくなっちゃって。どうやら虎さんだったみたいです。〝パイ〟と名付けたのですが……」


「短い期間でこれほどの巨躯になるなど、明らかに尋常ではない! おのれ、食えぬ妖魔め……なるほどそうやって、虎視眈々と狙っていたわけか!」


「なんでさっきから微妙に上手いこと言おうとするんです……?」


 やや微妙な表情の桃花はともかく、今にも腰に佩いた剣を抜こうする燕景に、虎の大口から面倒くさそうな声が轟いた。


『剣呑な濁声が聞こえてきたから、タオファを心配して来てみれば……何だ、つまらぬ間男か。とっとと失せよ、この白虎神獣の憤怒を買わぬ内にな』


「!? な、しゃ、喋っ……!?」


「あ、パイも言いましたが、この子って白虎神獣さんらしいですよ~」


「桃花!? そんなサラッと言って良いことだろうか桃花!? 何なら歴史に残りかねぬ事件ではないか桃花!?」


『……フン、無頼漢ぶらいかんめが、やかましい。この神獣たる身におののかぬのは褒めてやるが、我とタオファの家には不要な者だ。とっととお引き取り願うため、理解してもらおうか。……フンッ!』


「ッ。な、なにィ……貴様、その姿は一体……!?」


 三度、燕景は立て続けに驚かされる。四足歩行ですら人の肩ほどの高さがあった大虎が、その体躯を引き絞るように()()()へと変化させたのだ。


 体格のある燕景より身の丈は少し高く、しかし秀麗な相貌そうぼう(※顔の形)は燕景より細く見える。天上人の如き白髪の美男と化した神獣に対し、けれど太子たる男は退かず対峙した。


「……無頼漢とは言ってくれる。余はこの国の太子、やんごとなき身分の者ぞ。貴様こそ神獣だか知らぬが、所詮は獣、恐れ入ってこうべを垂れるが筋であろうが」


「ほう、たかが人の国の太子如きが、虎よりも大口を叩くではないか。だが四神たる我にしてみれば、太子も賊もその辺の男も大して変わらん。ね。ここは我とタオファの住処、貴様の入る余地など微塵もない」


「は? 余と桃花は以前からの付き合いだが? 貴様のほうこそ邪魔者よ、さっさと山へでも帰って鼠でも食っておれ獣風情が」


「は? 我とタオファは家族以上の存在だが? たかだか人間風情が割り込めると思うなとっとと宮廷おうちに帰って媽媽ママにでも泣きつけ小童こわっぱ


「は??」

「は??」


「「…………」」


 刹那、睨み合う白と燕景の間に、火花でも散ろうというほどの緊迫感。

 短い沈黙を破り、とうとう至近距離でガン飛ばしつつ罵り合う――!

(※桃花はお茶を淹れてのんびりと飲み始めました)


「何が白虎だ聞いた感じじゃ力を失くして猫オチした間抜けとしか思えぬがな!? 己も守れぬ獣に主を守れるか馬鹿ぶわぁか!」

「国の男どもがあんな様子じゃ王族もたかが知れておるなぁ!? 滅びる一歩手前じゃ白虎神獣が保証してやるわ自省しろ阿呆あほう!」


「四神が聞いて呆れるわ飼いならされておる分際でのお! 愛玩動物扱いの己こそ省みんかい木瓜ボケェ!」

「たかだか百年生きられれば御の字の人間風情が大仰な口を聞くでないわ! 暗礁に乗り上げとるぞ王朝、歴史に暗君として名を残せカスゥ!」


「うっせ悔しかったら人間集めて建国してみろケダモノ!!」

閉嘴だまっとけ120年くらい劣化なしで生きてから出直してこい定命の者が!!」


「ギャーギャー!!」

「ガオガオガオ!!」


(規模が大きいのだか小さいのだか、格が高いのだか低いのだか、良く分からない言い争いだわ……)


 喧喧囂囂けんけんごうごうと罵り合う二人を、お茶しながら冷静に眺める桃花は、まさか自分のことで大盛り上がりされているとは、露ほども思っていない。

 さてそんな折、新たなる来客が飛び込んでくる。


「はあ、はあっ……た、太子様! 衛士えじ(※護衛のようなもの)を置いて一人で行かないでくださいって、ぜえ、ぜえ……」


 肩で息をするのは、今まさに言い争いを続ける太子と神獣(※人化)と比べれば、素朴な男性。しかしどことなく人を安心させる雰囲気の、とはいえ苦労していそうな彼に、桃花は声をかけた。


「あら? 燕景さまの衛士の、ぶんさん……いつもお疲れ様です」


「あ、これは桃花殿! 本当にこちらへ居を移していらしたのですね……何はともあれ、お元気そうで何よりであります!」


「はい、おかげさまで。あ、よろしければ、文さんもお茶でも如何です?」


「えっ、よ、よろしいのですか? それでは、御厚意に甘えまして……」


「ええ、どうか遠慮なさらず♪ 錬丹術で調合してみたお茶に、余った金粉も入れてみました。どうぞ……」


「お、おお、何と恐れ多い。味も……はあ、何とも甘美、落ち着きます~……」


 全力で剣呑な口論を続ける二人と比べれば、穏やかにお茶を呑む桃花と衛士・文。

 何となく得している気はする文だったが、暫くして言い争いが終わった後、太子・燕景に帰り際に詰められている辺り、やはり苦労人のようだ。


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