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第2話 怪奇! 神獣様の超絶イケメン人化〝モドシテ〟事件!

「うーん、どうしてこうなっちゃったのかしら」


 引っ越しを終えて暫く後、桃花タオファは疑問を漏らす。


 あの月夜に出会った子猫〝パイ〟は、桃花の庇護のもと、すくすくと成長した。

 いや――成長()()()()。結論から述べよう、()()()。頭から尻尾までの体長は優に一丈を超え、もはや白を見て〝あら猫ちゃん♡〟と呼ぶ者はいないだろう。

(※一丈=およそ3メートル以上)


 そもそも、桃花が都で身辺整理を終えたのは十日ほどだったが、その時点で明らかに猫ならざる体躯になっていた。西の門を出る直前に、四足歩行で桃花の腰ほどの高さに至る白を見た、門番たちの反応は次のようなものである。


『ああ、猫……えっ、虎。えっ、猫? ね、とらっ、ね……えっ?』

『ンフフッ』


 もう、笑うしかなかったらしい。


 ……さて、ここは元より桃花が別荘として建てさせていた場所。洗練された邸宅の広い床には、それでも狭しと大きな体を寝転ばせている白。

 そんな同居人を見つめながら、桃花はぼんやりと呟いた。


「パイは、猫ちゃんじゃなく……虎さんだったのねぇ」


『……。……む? タオファ、どうかしたのか?』


「喋るし……」


 もっと驚くとかしてくださいよ。

 まあそれはともかく、人すら呑み込んでしまえそうな大口で、起き抜けに〝くあ〟と大あくびした白が、立ち上がって主人にすり寄る。


 といっても、今や立ち上がれば四足歩行でも、平均的な女性の身長である桃花の肩にまで届こうという高さだ。白を拾ってから一か月も経っていないのに、この成長ぶり、明らかに尋常でない。

 もはや妖魔の類としてもおかしくはない、そもそも巨大に過ぎる。何かの気まぐれで、襲われでもすればひとたまりもないだろう。さしもの桃花も恐れるはず――!


「……まあでも、何でもいっか♪ ん~っもふもふ~っ♪ 全身で体いっぱいに堪能できるなんて、むしろ僥倖だわっ。はあ、パイったらふわふわなのにツヤツヤの毛並みで、最高に幸せぇ~……♡」


『我が言うのも何だが、もう少し色々と疑問に思うべきでは?』


「ん~? あ、そうねぇ……パイちゃん、なんでお喋りできるのかしら? もしかして、普通の虎さんじゃなかったりする?」


『ううむ、もっと早くに違和感を覚えて欲しかったものだが。まあ良い……そういうところもタオファの魅力よ。さて、では答えよう』


 もふぁっ、と横腹に顔を埋めて幸せそうにする桃花は鋼の精神力だが、白は白でなすがままになりつつ話を続ける。


『聞いて驚け、我は〝白虎神獣〟。王朝が幾度いくたびか移り変わるほどの長き時を超えて生きる、中華に名高き四神が一柱なるぞ――』


「四神、白虎びゃっこ……うんうん、聞いたことあるわ。錬丹術のため、それなりに勉強しているもの。特に強い霊力や神力を持つ神獣さんよね。白虎は確か、幸運の象徴とも言われている……パイったら、すごい子だったのねぇ」


『あっはい、まあ……ううむ、本当に動じぬな。精神、鋼すぎぬか?』


「まあ都では色々とあって、鍛えられていましたから。……あっ、神獣なんてすごい存在なら、パイなんて気軽に呼んじゃ失礼かしら?」


『タオファになら呼ばれると嬉しいので呼んで欲しいです』


「わかった~」


 この神獣、素直――!

 いや、そうさせている桃花の方が、意外と大物なのかもしれない。事実、神獣という天上の存在にもまるで物怖じせず、続けて疑問を問う。


「でも、そんな白虎神獣さんが……私と出会った時は、どうしてあんなに弱っていたの? 随分とお腹もすいていたみたいだけど」


『むむ。……ううむ、それは恥ずかしい話だが……いや、隠しても仕方ない、答えよう。時代が移り、流れていくごとに、霊力や神力は失われていくものだ。同時に我の体からも、あの通りにな。心から神を信じる者は今や少ないだろう、信仰とは薄れていくのだな。太古には、そこら中に神力は満ちていたものだが、時の流れとは酷なものよ』


「そう、そうなの……神様も、大変なのね。あら、でも今は随分と大きくなったし、弱っているようには見えないけれど?」


『! うむ、それよ! 本来なら神獣は、神力・霊力の宿らぬものを食せぬ。それがゆえに、あれほどまでに弱ってしまった訳だが……しかしタオファよ、其方の作る食事の、何と甘美なることか! 錬丹術、といったか。それによりて作られた食事には、神獣たる我とて驚くほどの神力や霊力が籠められているのだ……!』


「私の錬丹術で? ……あ、そっか。錬丹術の材料には、金や銀などの鉱物を使うこともある。そういった金属類には神気が含まれている、と一族にも伝えられてきた……緑宝石りょくほうせき(※エメラルド)や紅宝石こうほうせき(※ルビー)も、それぞれ錬丹術で薬品化すると、効能が違うものね。なるほど、私の錬丹術は……神獣さんにとって、()()()()みたいなものなのかしら?」


 もちろんそれは錬丹術を実現した桃花にしか成し得ず、しかも食事として神獣に捧げられるなど、他の誰にも出来ないことなのだろうが。

 白虎である白もそれを理解していて、だからこそ救われた感謝は深甚なるものらしい。


『タオファと出会えていなければ、我は遠からず、消滅していたやもしれん。あるいは、人の内に宿る僅かばかりの神気を求めて襲い、魔と成り果て、やがて討伐されていたやも……そうならずに済んだのは、タオファのおかげなのだ』


「っ。そういえば地方の伝承では、神や魔への生贄として人間が捧げられていたこともある、と聞いたことも……しかしいずれも、神魔もろとも滅びゆく結末が伝記に残っています。パイがそんなことにならず、本当に良かった……」


『くっ、優しいッ……あいや、まあだからこそ、タオファは我の命の恩人なのだ。この恩義、我が存在の全てを尽くして報いると誓おう。我に出来ることあらば、何でもしてみせる……神獣の加護は生半なまなかではないぞ?』


「そんな……私はパイのこと、損得で拾ったわけじゃないわ。過分な地位や名声にも、興味ありません。私は……パイが一緒にいてくれれば、それでいいの」


『むう、何と無欲にして清廉、しかも謙虚にして、尊いまでの健気さ……くううっ、妙に胸が締め付けられるわ! 我、長く生きてきて初めての感情に動悸動悸ドッキドキ。……ふ、だが遠慮することはない。我が力の端くれ、見せてやろう――ハッ!』


「え? パイ、なに、を……え、えええっ!?」


 虎の開かれた大口から気合の一声、と共に迸る閃光。

 そして次の瞬間には、白虎の姿とは()()()()に、驚くべき光景が現れる。


 そこにいたのは、桃花より頭二つ分は高かろうという長身の偉丈夫。月を溶かして染め上げたような髪色は銀というより白、差し色の如くに混じる黒髪が、虎の毛並みの面影を覚えさせる。


 白虎の姿と比べてしまえば一回りは体格が小さく、されど引き絞ったかのような体躯には、精悍な生命力が満ちていた。

 何より、その秀麗にすぎる容貌。男性らしい逞しさをそなえながら、涼やかな眼差しは一目で見た者の心を穿ち、艶やかな細面は天上人の領域と言い切れる。


 ただ表を歩くだけで浮名を馳せようという美男の登場に、果たして桃花の反応は――!?


「っ。あ、ぁ……っ……」


「ふ……感極まっているのだろうか、体が震え、声も出ておらぬぞ? タオファよ、落ち着いてくれ。我のこの姿は、タオファだけのものゆえ――」


「……て」


「む? 今、なにか言っただろうか?」


 きょとん、と人化した姿で白は首を傾げる。

 そんな彼へと、桃花が震える唇から、ようやく発した言葉は――



()()()()……」



「なんて?」


「モドシテェ……私のモフモフを……返してぇ……うっ、ううっ……!」


「泣くほど!? ちょっ、ちょ待った待った待った……いや、あの……」


 穏やかなまなじりから、つう、と涙を流す桃花に、白は慌てふためきながら、苦し紛れの一言。


「……我、美男いけめんぞ!?」


「全然。自分で言うなって感じですし、ホント全然、もふもふの方が嬉しい」


「容赦なさすぎぬか!? 勿体ぶってとっておきの〝人化〟を見せつけた我、あまりにも滑稽すぎるのだが!?」


「うっ、ううっ、モドシテぇ……私のパイちゃんを返してぇ……!」


「我も正真正銘、パイであるが!? 泣きたいのはむしろ此方こちら~!」


 何やらてんやわんやで、さめざめと泣く桃花と、いっそ泣きたい白――そんな混沌とした状況を、暫く展開したのだった。


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