錯乱妹、説得にかかる
説得回、或いはプレゼン回です。
私が主人公であれば一も二もなく了承するのですが、それをすると流石にリアリティ無さすぎますからね。
そもそもそんなものはないかもですが。
「良く考えて兄さん。これは双方にとってメリットしかない話だよ」
唖然とする此方の様子を見てとって、形勢の不利を悟ったのか、美春は待ったとばかりに右の掌を突き出した。
焦っているのか、口調もいつもより僅かに早い。
俺にお節介を焼こうとして、拒否されそうになるといつもこうなるから、別に珍しいものではないけれど、この様子からすると、冗談の類いではない様だ。
冗談であって欲しかった。
味噌汁を一口啜り、心を落ち着けて口を開く。
「いや、みは──」
「まだ私が話してるでしょ!」
「あ、はい」
お兄ちゃんは弱い。
ま、まぁ兄として、先ずは妹の言い分を聞いてあげるべきだろう。
「良い?兄さん。もう一度言うけど、これは双方にとってメリットしかない話だよ」
ついさっきまで焦っていたのに、驚異的な切り替えの早さで、美春は物わかりの悪い子供に言い聞かせる様に、丁寧にゆっくりと話す。
いや、逆じゃないか?おかしな我が儘を言っているのは美春の方だろうに。
「まずね、恋人になったところで、今と大して変わらないの」
「……そんな事ある?」
「だって私たち、普通に二人で出かけるでしょ? 買い物も行くし、映画も行くし、たまに外でご飯も食べるし」
「それは兄妹としてだろ」
「恋人のデートと何が違うの?」
即答だった。
俺は口を開いたまま固まる。
「いや、ほら、なんか違うだろ?」
「なんかって何?」
なんかってなんだろう?俺、恋人出来たことないし、童貞だし。
それでもどうにか絞りだす。
「手とか、繋いでないし」
「別に、手を繋いでたら恋人、繋いでなかったら恋人じゃないって事はないでしょ。兄妹でも友達でも、繋ぎたければ繋げばいいんだし」
「暴論では?」
そう言うと、美春は俺の手を無理矢理取って指を絡める。
「じゃあこれで私達は恋人なの?」
「いやそれは……違うな」
「はい解決」
議論が秒速で終了した。
「それじゃあ次ね」
美春は畳みかける。
「世間体の問題。兄妹で付き合うなんて、周りからどう見られるか、気になるんでしょ?」
「気になる。めっちゃ気になる」
「でもそんなの、言わなければいいだけだよ」
結構デリケートな問題な筈だが、あっさり言い切った。
「周りから見たら、今まで通り仲の良い兄妹だよ。何も変わらない」
「……それはまぁ」
心情的には否定したいが、論理的には否定できない。
「そもそも、兄さんが恋人できたって周りに報告するタイプ?」
「しないな」
「私も別に、誰かにアピールしたい訳じゃないからしない。じゃあこれも解決」
解決してしまった。
美春は満足そうに頷き、人差し指を此方に向ける。
「次。兄さんの利点」
「利点あるか?」
「あるよ。それも三つも」
なぜそんなにドヤ顔なのか。
「一つ。可愛い女の子と付き合える満足感」
「自分で言う?」
「事実だから仕方ないよね」
ぐうの音も出なくて腹立つが、可愛い妹なのは確かだ。
美春は続いて中指を立てる。ピース状態だ。
「二つ。優越感」
「優越感?」
「周りの男の子たちが彼女いないって嘆いてる中で、兄さんは彼女持ち」
「……まぁ」
なくはない、のか?経験がないからわからないが、少なくとも劣等感は薄れそうだ。妹だけど。
「そして三つ」
語調を強め、薬指を立てた。
「将来、友達とか同僚に『恋人いるの?』『今まで付き合ったことある?』って聞かれた時、見栄を張らずに『いる』『ある』って言える」
妙に現実的な利点だ。
将来の飲み会の席で詰まる自分の姿が容易に想像できてしまう。
「……いや、でもそれは」
「嘘じゃないよ?」
「そうだけども」
真顔で言うな。
「次。私の利点」
まだ続くのか。
「彼氏ができたとしても、どうせ私は父さんと兄さんの世話を焼くのをやめないと思うの」
「そこはやめろよ」
「無理だと思う」
即答だった。
「それに、正直に言うとね」
美春は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「クラスの男子みたいな他人と恋人関係になるのって、うまくやれる気がしないの。どう接したらいいのか分からないし」
そこは年相応の女の子らしい不安だった。
俺も似たような不安を持っているから、実は女の子なのかもしれない。……陰キャなだけか。
「でも恋人ってもの自体は、ちょっと経験してみたい」
そう言って、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「その相手が兄さんなら、気を使わなくていいでしょ?」
「……それは、まぁ兄妹だしな」
「だから合理的なの」
合理的という言葉で片付けていい問題なのかは大いに疑問だろう。
俺は頭を抱えた。
「いやいやいや……でもさすがに父さんや母さんに顔向けできないだろ……」
「じゃあ私がお父さんを説得する」
「そんなことを父さんに言ったら、父さんの心が心配だからやめなさい!!」
思わず声を張り上げた。
父さんが膝から崩れ落ちる光景が容易に想像できてしまう。
「大丈夫だよ、きっと理解してくれる」
「理解しない!! 絶対しない!!」
「むぅ……」
美春は少し考え込むように唇を尖らせたが、すぐに言った。
「じゃあ内緒にしておく」
「いや、そもそも恋人になんてならなければいい話では?」
「それは駄目」
「えぇ……」
沈黙が落ちる。
味噌汁の湯気だけがゆらゆらと立ち上っていた。
「……兄さん」
美春が静かに言う。
「今と何も変わらないよ?肩書きが一つ増えるだけ」
まっすぐな目だった。
「兄さんが困ることはしない。なんか違うなって感じたら、直ぐにやめる」
逃げ道まで用意されている。
「だから……試しに、どう?」
美春の瞳が不安にか、期待にか、僅かに潤んで揺れていた。
俺は深く溜め息を吐く。
確かに、生活が激変するわけじゃない。
周囲に言わなければ問題にもならない。
美春の世話焼きは今更だ。
何より、ここまで理詰めで攻められては断り切れる気がしないし、いい断り文句も思い付かない
「……まぁ」
俺は頭を掻いた。
「今までと大きく変わらないなら、いいか」
ぱあっと、美春の表情が明るくなる。
「ほんと!?」
「期間限定だからな。変だと思ったら即終了」
「うん!」
嬉しそうに頷く妹を見て、俺は思う。
そういえば、今までに一回足りとも、妹のお節介を断りきれた試しがなかったな、と。




