手折られた花、(9)
「こちらへいらっしゃい、スカーレット。騎士さまにご迷惑をかけてしまうでしょう」
「……はい、奥さま」
躊躇った。一瞬だけ。
時間を空ければ空けるほど、スカーレットは痛い目を見ると知っていたから、口が勝手に動いていたと言ってもいい。嫌だ、嫌だと叫ぶ心を恐怖で支配された身体が押しのけて、足が動く。
男の背後から出て来たスカーレットは、笑みを浮かべて夫人の前まで進む。無言で頭からつま先までじろじろと見られ、洋扇で隠れていてもその奥の口元が嘲るように弧を描いているのがわかった。
「当家の者がお手数をおかけしました」
男が背後でどんな顔をしているのかスカーレットは気になった。
「では、行きましょう。スカーレット」
促されるまま、スカーレットは歩くしかない。一歩、一歩、また一歩。スカーレットの心は助けてと叫んでいた。
震える足に気付いてほしかった。これから受ける躾をわかっていて、とぼとぼと歩くスカーレットを古い使用人がにやにやと笑っている。
たすけて、たすけてください。
騎士さま。
もう一度、捕まえてほしいです。
掴んでほしいです。
「スカーレット」
「は、い。奥さま」
「男性であれば見境がないのかしら」
スカーレットにそんなつもりはない。だがここで否定すれば、機嫌を損ねるのは目に見えている。
「男にだらしないところも、その顔も、母親そっくり」
優しかった母親をそんな風に言わないでほしい。
ただ反論も肯定もできないまま後ろを歩き、辿り着いた部屋は夫人の部屋だ。使用人が扉を開くと、スカーレットが過ごしている部屋よりもずっと広くて豪華な調度品に溢れている。
スカーレットは震えて、冷や汗をかく。
泣き言を言わなくなっても恐怖を隠せない少女を見て夫人は笑い、先に部屋へ入りいらっしゃいと中へ誘う。
俯いていた顔を上げたスカーレットが見たのは、久しぶりに見るのに忘れられない、鞭を持って笑っている夫人だった。
「お、奥さま……」
「早くなさい」
スカーレットに拒否権はない。青い目を揺らしながら、一歩部屋へ踏み入れば無情にも扉は閉まる。上手に息ができないまま、ふらふらと鞭の前に立ちドレスの裾を捲って足を出す。白く細い足に目を凝らすと、わずかに傷跡があった。鞭で打たれ皮膚が裂けた跡。
「座って、背中を向けなさい」
「っ!」
以前と同じように足を打たれるかと思っていた。だが夫人の指示を受けて膝をつき背中を向けると、背骨が浮いて滑らかに波打つ背にバチンッと痛みが走る。
「あぁっ!」
高く細い悲鳴。息が一瞬できなくなるほどの衝撃。前のめりに倒れそうになると、古い使用人が逃がすまいと両肩を支えてくる。
「お、おゆるし、ください……、っああ!」
許しを乞うたスカーレットへの返事は、背中へ落とされた――




