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手折られた花、(8)



 不思議な男だ。間違いなく子爵よりも体格がよく、筋力もあり、威圧感があるのに、スカーレットは固まっていた自分の心が解け、傾くのを感じていた。


「スカーレット……!」


 それを好ましく思わない子爵が、燃え上がる目でスカーレットを睨む。怒りを込めた、低く掠れた声で呼ばれてスカーレットからはたちまち笑みが消える。


 男が表情を険しくして無言で子爵との間に立った。


 自分と叔父の関係をどういう風に思っているのだろうか。主人に手を出されたメイドに同情しているのか、それともレディと呼んだのだから貴族の令嬢とは察しているのかもしれない。そのうえで、守ってくれているのだとしたらボイエット子爵家よりも高位貴族? 


 甘えても、いいのかしら。

 諦めていたはずなのに、庇ってくれる背中が頼もしくて欲が出る。ずっと押し殺して来た本心を打ち明けたい。


 たすけてほしい。


 子爵は声を荒げて男を罵っているが、男は冷静に受け流してスカーレットを振り返って気に掛ける素振りを見せる。子爵がぶつける怒号にはスカーレットを侮辱する内容も含まれていたせいだろう。


 こんなことを言われるのも慣れてしまった。男は静かに怒っているようだ。スカーレットは平気だという意味を込めて首を振る。


 子爵からは男の身体で完全にスカーレットが隠れていたとしてもその無言のやりとりが伝わり、油に火を注いだ。可愛い、愛おしい姪。誰にも心を開かないはずの少女が、たった一日で自分の知らない人間、それも男と新たな人間関係を築いていることが許せなかった。


「スカーレット!」


 空気が震える。


 男の背後でスカーレットも震えた。


 この場に響いた彼女を呼ぶ声は子爵のものではない。古い使用人を引き連れた子爵夫人のものだった。


「リリー……」


 子爵夫人の登場に驚いたのは子爵も同じで、怒りを瞬時に収めて胸元から懐中時計を取り出して時間を確認すると悔しそうに顔を歪める。


 使用人用の狭い通路だ。子爵は自分の隣を追い越した子爵夫人のために道を譲るように壁際に寄り、不服そうな顔のまま男を見ている。


 子爵夫人は男の前で止まると、にこり、笑う。


「うちで保護している娘を主人の悪ふざけから助けてくださったのですね」


 あれを悪ふざけの範疇としてよいものか。



 ここでもし男がもう一度振り返っていれば、――怯え切ったスカーレットに気付いていただろう。



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