手折られた花、(6)
南部は夜が短く、北部は夜が長い。
南部に近いボイエット領地も夜が短いので太陽が沈むまで時間があった。じろじろと見られながらも裏庭に着き、ロープの下を通ってあの場所に向かうと、足台が残っていた。はたして自分の力で埋まった足台を引き抜くことができるだろうかと不安に思いながらしゃがんで足台を持ち上げると、軽々と浮いた。
「え?」
反動で尻もちをつきそうになるのを耐えて、足台を見る。足台の足は半分くらい土がついており、その位置まで埋まっていたはずだ。だが、誰かが引き抜いて、置いていたらしい。
「あの人……」
その誰かはたった一人しかいない。
足台を持ち上げてみると、足跡が2つ残っていた。手を横に添えてみる。手のひら1つと半分くらいは優にある大きな足跡。足台に乗っていて感じた揺れを思い出して、男の豪快さをくすくすと笑う。
足台の表面が靴の裏の形にへこんでいるかも? と何となく指で触ると、足跡の部分だけがわずかに木が潰れて陥没していた。土は落として足跡を消そうと試みたが、はたしてこのへこんだ部分は直せるのだろうか。
あまり出番がないことを願って物置に収めると、本来の目的を果たす番がきた。
自室から裏庭の最短距離でも、使用人用通路でもなく、スカーレットは緊張から足早に屋敷を回る。すれ違う使用人が何か言いたそうに見てくるが、客室のあるあたりをうろうろとしていると彼と似た服を着た騎士とすれ違った。もう少し探したかったが、スカーレットの容姿も服装も次第に注目を集めてしまい、声をかけられる前に引かざるを得なくなる。
するりと使用人用通路に身を隠し、自室へ戻ろうと歩いているところで、手を掴まれた。
がっしりと、ではなく。肌の触り心地や弾力を味わうかのような手付き。
ぞわり、と露出した背筋に鳥肌が立つ。
「や……っ」
腕を振って抵抗をしても、その手は張り付いて離れない。
「スカーレット。私だ」
身体を隠すように身を縮こまらせるスカーレットを捕まえて放さないのは、ボイエット子爵だった。
父親と似ているのは髪の色と目の色だけ。大好きだった藍色が、どうしてこうも違って見えるのか。私だと正体を告げても何の安心にもならない。使用人とは違い、隠すつもりのない欲を孕んだ視線が間近で突き刺さり、呼吸が乱れる。
親子ほども年齢が離れているのにその視線を向けてくることも恐ろしかったし、こんなところを誰かに見られるのも恐ろしい。
とにかく、子爵と一緒にいていいことは一つもない。
自由な手で子爵の手を引きはがそうと指を立て抵抗しているのに、耳に届く楽しそうな笑い声で恐怖が増す。
何をしてもこのひとには敵わない。立場は伯爵令嬢であるスカーレットのほうが上なのに見下されていても、戦えない。泣けばよりいっそう惨めになることはわかっていたので、一生懸命涙を堪え、声すらも聞かせるものかと唇を噛みしめて暴れる。
抵抗らしい抵抗ができなくても、意地を張ることはできる。擦り減ってはしまっているが、エンフィールド家の人間としてのプライドがある。




