手折られた花、(5)
「……誤解だわ。私、どこも悪くないのよ」
「は……?」
「ほら、シーツを干す場所がないからロープを張りに来たの」
スカーレットがシーツの海を指差せば男はそちらへ視線を向ける。そこで勘違いに気付き、「……すまない」と素直に謝るのでスカーレットは口元を緩めた。
病人だと思っているせいだろうか。男からは子爵や屋敷の使用人たちから感じる不快な視線を感じない。
「代わりに俺がやる。お前はもう降りた方がいい」
「お嬢さま!」
シーツを指差していたスカーレットの手に男が触れたのと、スーザンの声が聞こえたのはほぼ一緒だった。
一瞬忘れていたがここは子爵邸。
スカーレットには自由がない場所。
『もし、お前に触れる男がいたら――』そう忠告した人物を思い出してスカーレットは男の手を振り払った。
驚いてわずかに見開かれた緑の目。
「干場は足りたみたいですよ! お嬢さま戻ってきてください!」
「も、戻らなくちゃ」
男ではなく、木に手を添えて足台から降りる。慌てていたせいで手のひらに木のとげが刺さったが、万が一あのシーツの隙間から異性と一緒にいるのを見られたら、と思うと心臓が痛くなる。
地面に落ちたロープを拾い上げ、足台も持とうとしたのに地面に埋まっていてスカーレットの力では引き抜けなかった。
またスーザンがスカーレットを呼ぶ。仕方なく足台はそのままにしてスカーレットはその場を去った。
どうにか異性と一緒にいたことをスーザンに見られずに済んだらしい。その後も仕事をこなし、夕食まで済ませるが、ずっとあの男のことが気になっていた。
心配してくれたのに、手を振り払って失礼な態度を取ってしまった。お礼も言っていない。保身で精一杯で余裕のない自分が恥ずかしい。
仕事が終わればもう身体を隠すショールはなく、こんな格好で屋敷の中を歩く周りたくはないが、もし彼がこの屋敷で宿泊している遠征部隊の一員だとすれば、天気が良くなると出発してしまう。
それが明日であればスカーレットは謝ることも感謝することもできなくなる。
できるだけこの部屋から出ないようにしているスカーレットが余計な行動をするのは、久しぶりだ。だが、子爵とも、子爵の友人とも違う、あの男にきちんとお礼を言いたかった。
誰かに見つかれば、置き去りにしている足台を言い訳にしよう。
「大丈夫。少し探して、もしいなかったら、すぐに諦めて、できるだけ明るいところを選んで、いくの」
大丈夫、と自分に言い聞かせる。
私は片付けるのを忘れていた足台を取りに行くだけ。
余計なことはしない。するつもりもない。
いざというときに怪しまれないように何度も呟き、スカーレットは久しぶりに、朝以外でドアを開けた。




