第9話:死闘
――来る。
アンデッドの王が、一歩、踏み出した。
それだけで、空気が震えた。
床石が軋み、腐臭と魔力が渦を巻く。
「プリシラ下がれ!」
直感が叫ぶ。
まともに受ければ、終わりだ。
俺は床を蹴り、横へ跳んだ。
直後、俺が立っていた場所に――黒く濁った巨腕が叩きつけられる。
石床が砕け、破片が爆風のように舞い上がった。
「……いっ……!」
かすっただけで、身体が持っていかれそうになる。
今まで相手にしてきた敵とは、質が違う。
(でも……俺にはこの剣がある)
《風牙》
《紅牙》
これまで、力を抑えて戦ってきた。
制御を誤れば、周囲ごと吹き飛ばしかねないからだ。
だが――
「……今は、出し惜しみしてる場合じゃない」
俺は「メニュー」を呼び出す。視界が一瞬、半透明のシステム表示に切り替わった。
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【双剣 《紅牙/風牙》】
・等級:エピック
・攻撃力:+845
・固有効果:
・《連牙乱舞》
- 通常攻撃が二連撃化する
・《血吸の牙》
-クリティカル時、与ダメージの50%を吸収
・アクションスキル:
・《ウィンド・スラッシュ》
-消費SP:中
-効果:斬撃に圧縮風圧を付与し、前方扇範囲に風属性ダメージ+ノックバック
・《フレイム・エッジ》
-消費SP:中
-効果:刃に灼熱を纏わせる。命中時、炎属性追加ダメージ+継続燃焼
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(……なるほど)
レベルが上がってスキルが使えるようになっている。
風牙は、間合いを制する斬撃。紅牙は、削りと継続ダメージ。
視界の端で、アンデッドの王がこちらを見据えて待っている――試すように。
俺は一歩、踏み込んだ。
「――行くぞ」
右手の《風牙》に意識を集中させる。
刃が、低く唸った。
まずは――
「《ウィンド・スラッシュ》!」
踏み込みと同時に、横薙ぎ。
刃が空を切った瞬間、圧縮された風が遅れて解き放たれた。
――ズドドドンッ!!
視認できるほどの風の刃が、床を削りながら扇形に走る。
石畳が抉れ、破片が宙を舞う。
アンデッドの王の外套が大きくはためき、巨体がわずかに、だが確かに押し戻された。
(……効いてる!)
間髪入れず、今度は――炎。
《紅牙》の刃が、赤熱する。
空気が、熱を帯びた。
「《フレイム・エッジ》!」
踏み込み、懐へ。
斬撃と同時に、炎が爆ぜる。
火花が散り、赤い軌跡がアンデッドの胸元を裂いた。
斬り口から、燻るような炎がまとわりつく。
燃えている。
確実に、削れている。
アンデッドの王が、低く声を漏らした。
「……ほう、矮小なる刃にしては――悪くない」
だが、次の瞬間。
振り下ろされる一撃が、空気ごと叩き潰す。
重い。
桁が違う。
(……それでも)
俺は歯を食いしばる。
(……戦える!)
双剣で攻撃をなんとかいなす。
アンデッドの王は、一歩、後退して両腕を広げた。
「……よかろう。ならば示せ、刃を振るう資格があるかどうかを」
次の瞬間。
床一面に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
嫌な予感が、背筋を駆け上がる。
魔法陣から、次々と這い出してくる影。
腐臭と共に現れたのは――アンデッド。
骸骨、屍兵、朽ちた鎧を纏った亡者。
数は、ざっと二十はいる。
(雑魚召喚か……だが)
俺は一歩前へ出る。
「まとめて――吹き飛ばす! 《ウィンド・スラッシュ》!!」
一閃。
解き放たれた風の斬撃は、扇状に広がり前方一帯を丸ごと飲み込んだ。
――ズガガガァァン!!
床が抉れ、風圧が爆発する。
アンデッドたちは抵抗する間もなく、骨も鎧もまとめて砕け散り、塵へと変わった。
「……よし」
一瞬、そう思った。
だが。
砕け散った亡骸から、黒い霧が立ち上る。
「……?」
霧がすべてが――アンデッドの王へと吸い寄せられていく。
「……まさか」
アンデッドの王の身体に、霧が絡みついた。
骨が軋み、魔力が膨れ上がる。
威圧感が、一段階――いや、二段階は跳ね上がった。
「愚かよ」
王が、低く笑う。
「死は、我が糧。滅びは、我が力」
次の瞬間。
――消えた。
「なっ……!」
視界から、一瞬で消失。
直後、背後。
「――ぐっ!!」
咄嗟に双剣を交差させる。
だが、防いだ衝撃が――重い。
地面を削りながら、数メートル吹き飛ばされた。
(速い……!)
さっきとは比べものにならない。
攻撃速度も、威力も、完全に別物だ。
立て続けに、斬撃。
一撃一撃が、致命傷レベル。
回避が間に合わない。
(マズい……このままじゃ)
次の一撃。
今度こそ、避けきれない。
刃が振り下ろされ
――キイィィィンッ!!!
「……っ!?」
一瞬、視界が白い光に染まった。
「――《セレスティア・シャイニング》!!」
澄んだ声と同時に、空気が震えた。
聖なる光が一直線に収束し、アンデッドの王の胸元を――撃ち抜いた。
――ギィィィィィ……!!
耳を裂くような悲鳴。
王の身体から、黒い瘴気が一気に噴き出す。
俺は思わず目を見開いた。
あの一撃で、確実に止まった。
さっきまで振り下ろされるはずだった死の一撃が、完全に封じられている。
振り返るとそこにいたのは、杖を両手で握り締めたプリシラだった。
肩は震えている。
指先も、少し白くなっている。
――怖いはずだ。
それでも。
彼女は、目を逸らしていなかった。
「……私も戦う。ヤマト君を……一人にはしない」
アンデッドの王が、ゆっくりと視線を向ける。
「……ほう」
感心したように、低く呟く。
「聖を以て、死を討つか。人形が……意思を持ち、刃となる」
胸元に残る、焼け焦げた痕。
あの攻撃が、明確に“効いている”のが分かる。
王は、低く笑った。
「ならば――いいだろう。まとめて無に帰さん」
再び、魔力が膨れ上がる。
だが、先程とは違う。
そこには――警戒と、興味が混じっていた。
俺は、双剣を握り直す。
(……助けられた)
プリシラががいなかったら、俺は今頃死んでいただろう。
だったら――
「一緒に行くぞ、プリシラ」
「……うん!」
アンデッドの王が、大剣をゆっくりと持ち上げた。
刃に、闇が絡みつく。
粘つくような黒い魔力が、呼吸するたびに濃くなっていく。
「ヤマト君……なんか嫌な感じがする。あの攻撃、今までと違うかもしれない」
「ああ……来るな。でかいのが」
空気が重い。圧が違う。
ここで受ければ、終わる。
「――ここで決着をつけるぞ」
俺は即座に振り返る。
「プリシラ。お前の聖属性の魔法……俺の剣に付与できないか?」
「え……!? で、でも、そんなの……」
「アンデッドの弱点は聖属性だ。ここを突破できる可能性があるとしたら、それしかない」
一瞬の逡巡。
それから、プリシラは小さく頷いた。
「……やってみる」
杖を強く握り、深く息を吸う。
「お母さん、力を貸して……! 《サンクティファイ・エンチャント》!」
詠唱が終わった瞬間。
光が弾けた。
双剣――《風牙》《紅牙》が、眩い聖光に包まれる。
刃が、まるで白金のように輝き始めた。
視界の端で、システムログが走る。
――《聖属性付与》
――《攻撃力:300%上昇》
「……っ!」
剣から伝わる感覚が、明らかに違う。
俺は、双剣を交差させる。
(この状態で――風と炎を重ねたら……)
考えるまでもない。
「……賭けるしかないな」
俺がボスに視線を落とした瞬間。
アンデッドの王が、大剣を振り下ろした。
――ズドオオォォォォォンッ!!!
漆黒の光線が、解き放たれる。
「………っ!」
激しく圧倒的な攻撃を前に死を悟った俺は、身体が硬直してしまった。
――死
「《ホーリーウォール》!!」
――ガギイィィィィィッ!!!
光の障壁が展開され、闇の光線を正面から受け止める。
プリシラが再び守ってくれた。
――ギギギギギ……!!
拮抗。
いや、押されている。
「っ……!」
プリシラの足が、地面を削りながら後退する。
「プリシラ……!」
「……まだ……!」
歯を食いしばり、必死に耐える。
そのとき。
「……ヤマト……くん!!」
その一声で、迷いは消えた。
「――行くぞ!!」
俺は、地面を蹴る。
――ザッ!!
限界まで踏み込み、全身の力を解き放つ。
剣を振り上げた、その瞬間――
聖光が刃を包み、
烈風が軌跡を描き、
業火が唸りを上げた。
三つの属性が、互いを拒むことなく――完全に重なり合う。
――ピピッ
その刹那。
俺の視界に、これまで見たことのないウィンドウが強制的に展開された。
解放を告げる表示。
《条件達成――ユニークスキル発動可能》
画面中央に刻まれていた、その名。
考えるよりも早く、身体が理解していた。
そして俺は叫んだ。
「《セレスティック・オーバード・クロスファイア》!!!」
交差する光の十字が、世界そのものを切り裂くかのように――闇を切り裂いた。
大地が、視界が、白一色に染まる。
土煙が、すべてを覆い尽くした。
……数秒。
いや、数十秒か。
何も見えない。
やがて、風が吹き抜ける。
煙が晴れ――
そこには。
砕け散り、沈黙したアンデッドの王の残骸があった。
「…………」
「…………」
俺とプリシラは、その場に座り込んだ。
「……無事か?」
「……うん……なんとか……」
その直後。
視界に、青いウィンドウが展開される。
――《クエストクリア》
――《報酬を獲得しました》
「……はぁ」
思わず、息が抜けた。
「やった……ね……」
プリシラの目が、少し潤んでいる。
「あぁ。よくやったな、プリシラ」
俺は、軽く頭を撫でる。
「……えへへ」
そのとき、ふと思い出す。
「……そういえば」
あの男。
死にきれず、苦しんでいたセクハラ連中のリーダー。
視線を向けると――
そこには、動かない肉塊が転がっていた。
どうやら、さっきの一撃に巻き込まれたらしい。
「……まあ、そうなるか」
俺はそれ以上、何も思わなかった。
やがて、ボス部屋の扉が、軋む音を立てて開く。
「帰ろう」
「……うん」
二人で、踵を返した――その瞬間だった。
『我を討ち果たし者よ』
低く、底の見えない声。
反射的に振り返る。
そこに、姿はない。
空間が、きしむように震えた。
ダンジョンの壁、床、空気そのものが共鳴している。
『汝は、選ばれた』
胸の奥が、嫌な音を立ててざわめく。
『その娘を連れ、道を外れし存在よ。秩序を護るか。世界を敵に回すか』
声は静かだが、逃げ場を許さない重さがあった。
『――問おう。たとえ世界が拒み、王が刃を向けようとも、その娘を守り抜く覚悟はあるか』
一瞬の沈黙。
だが、迷いはなかった。
「プリシラを拒む世界なら、んなもんこっちからぶっ壊しにいってやるよ」
それは誓いですらない。
当たり前の答えだった。
次の瞬間――
ダンジョン全体が、呻いた。
床の亀裂、壁の隙間、天井の闇。
あらゆる場所から、黒い霧が噴き出す。
あの時と同じ。
――いや、比べ物にならない。
「……っ!?」
霧は意思を持つかのように蠢き、一直線に俺へと襲いかかる。
避ける暇はない。
黒が、身体を貫いた。
「ぐ……ぁ……!」
内側から、何かを書き換えられる感覚。
血が逆流し、視界が崩れ、世界が歪む。
膝が砕けるように崩れ落ちる。
遠のく意識の中で、最後に見えたのは――
「ヤマト君!!」
叫び、駆け寄ろうとするプリシラの顔。
その声すら、闇に溶けていく。
そして――
『……運命は、動き出した』
どこかで、誰かがそう呟いた気がした。
そして
世界は、完全な闇に沈んだ。
俺は――意識を失った。




