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第6話:初めてのクエスト

 フラン草原は、穏やかな風に揺れていた。

 膝ほどまで伸びた草がさわさわと音を立て、遠くには小さな丘と低木が点在している。空は高く、雲の流れもゆったりとしていて――見た目だけなら、戦場とは思えないほどのどかな場所だった。


「……あれが、ゴブリンか」


 俺の視線の先、岩陰の近くに、緑色の影がうごめいている。

 小柄ではあるが、腰には粗末な剣、腕には木と鉄を雑に組み合わせた盾。皮膚はぬめったように光り、顔には人を嘲るような歪んだ笑みが張り付いていた。


 近くで見ると――やっぱり、少しどころじゃなく気味が悪い。


「…………」


 隣を見ると、プリシラが杖を胸元でぎゅっと握りしめていた。

 足は半歩引き、肩がわずかに強張っている。大きな瞳がゴブリンを捉えたまま、瞬きの回数が明らかに増えていた。


(……初戦闘だもんな)


 今さらながら思う。

 最初はスライムとか、もっと安全な相手にするべきだったんじゃないか。

 ゴブリンは序盤の敵とはいえ、人型で武器も持っている。怖く感じて当然だ。


「プリシラ」


 声を落として呼びかける。


「怖かったら、無理しなくていいんだぞ。俺が前に出る」


 振り返ってそう言うと、彼女は一瞬だけ目を伏せた。

 それから――小さく首を横に振る。


「……いえ」


 声はまだ少し震えている。

 けれど、逃げるための震えじゃない。


「私……戦うって、決めましたから」


 プリシラは一歩、前に出た。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。もう一度、吸って、吐く。


 その動作を繰り返しながら、杖をしっかりと構える。


「……お母さん」


 小さな声だった。

 草原の風に溶けそうなほど、か細い囁き。


「……力を、貸してください」


 次の瞬間、プリシラの瞳に迷いが消えた。


「――《ホーリー・インジェクション》!」


 杖の先が、眩い光を放つ。

 白く澄んだ光が収束し、一直線の光弾となって放たれた。


 ――キイィィィィンッ!!


 聖なる衝撃がゴブリンを正面から貫き、爆ぜるように弾けた。

 断末魔を上げる暇すらなく、ゴブリンの身体は光に飲み込まれ、そのまま霧散する。


 草原に残ったのは、焦げた地面と、静寂だけ。


「…………」


 俺は、思わず言葉を失った。


(……一撃?)


 初陣だ。

 しかも本人はまだ怖がっていたはずだ。

 それなのに、この威力。


 プリシラ自身も、見開いた目でその場を見つめていた。

 数秒遅れて、はっと我に返る。


「……た、倒せました……?」

「あ、あぁ……」


 間抜けな返事しか出てこなかった。


 ――すごい。


 単純に、そう思った。

 魔法の威力もそうだが、それ以上に――恐怖を押し殺して、一歩踏み出したことが。


 プリシラは、胸に手を当てて、ほっと息をついた。


「……怖かったです。でも……逃げなくて、よかった」

「上出来だ、プリシラ」


――ガサガサッ


 草むらがざわりと揺れる音がした。


「っ……!」



 遅れて気づいた。

 最初の一体が消し飛んだことで、残っていたゴブリンたちが完全にこちらを敵と認識したのだ。


――ギギィー!!!


 甲高い叫び声を上げながら、二体のゴブリンが同時に飛び出してくる。

 距離は近い。狙いは――無防備に背中を向けたプリシラ。


「――ッ、プリシラ!!」

「えっ――」


(間に合え!!)


 考えるより先に体が動いていた。

 腰の双剣から、片方だけを引き抜く。


 ――風牙。


 刃が空気を切り裂いた瞬間、耳鳴りのような低い唸りが走る。


 キュイィィィンッ!!


 ただの横薙ぎだった。

 技名も、スキル発動の意識もない。


 それなのに。


 ゴォォォンッ!!!!


 爆音と共に、剣先から解き放たれたのは“鋭い風”。


 いや――“嵐”だった。


 圧縮された風の刃が地面を削り、土と草を巻き上げながら一直線に突き進む。

 二体のゴブリンは身体を無数に分断され、まとめて吹き飛ばされる。


 次の瞬間、地面に深い抉れを残して消滅した。


 ……静寂。


 風に舞う土埃が、ゆっくりと落ちていく。


「…………」


 俺は剣を握ったまま、固まっていた。


(……なんだ、今の)


 自分で振ったはずなのに、威力の実感が追いつかない。

 ただの通常攻撃だ。スキルでも奥義でもない。


「ヤ、ヤマトさん……?」


 プリシラの声で、はっと我に返る。


 振り向くと、彼女は目を丸くして俺を見上げていた。

 完全に“驚愕”の表情だ。


 それは俺だけじゃなかった。


「おい……今の見たか?」

「低レベル帯で出来る技じゃないだろ明らか」

「地面、めちゃくちゃえぐれてる……攻撃範囲やばすぎんか」


 少し離れた場所で別のクエストをしていた冒険者たちも、完全に動きを止めてこちらを見ている。

 ざわざわと声が広がり、小さな騒ぎになり始めていた。


 俺はゆっくりと剣を下ろし、プリシラと顔を見合わせる。


「……すごい、ですね」

「あ、あぁ……」


 乾いた笑いしか出なかった。


 視線を落とし、手にした風牙を見る。

 翠玉色の刃が、何事もなかったかのように静かに光っている。


(……エピック等級、だよな?)


 ステータス上はそう表示されていた。

 だが今の威力――どう考えても、それ以上だ。

 下手したら、レジェンド級……いや、それに近い力を秘めてるかもしれない。


 プリシラの両親が、戦争で“戦力”として扱われていた理由が、少しだけ分かった気がした。




 それから俺たちは、黙々と狩りを続けた。


 俺は前に出て、ゴブリンと正面から相対する。

 双剣を振るうたび、風牙が暴発しないよう、身体の動きと呼吸を意識して制御する。力任せに振らなければ、あのとんでも斬撃は出ない――どうやら剣が反応しているのは、俺の意識や殺気そのものらしい。


(……扱いづらいが、慣れれば強力な武器になるな)


 一方でプリシラは後方に位置取り、常に俺を視界に収めていた。

 杖を構え、ゴブリンが距離を詰めようとすれば光属性の魔法で牽制し、俺が傷を負えば即座に回復魔法を飛ばす。


「《ライフ・レストレーション》!」

「助かる!」

「右、来ます!」

「おう!」


 声を掛け合いながら戦う感覚は、不思議と心地よかった。

 即席のパーティとは思えないほど、噛み合っている。


 ゴブリンを一体倒すたびに、わずかな金貨が地面に転がる。

 同時に、クエストの累計討伐数がカウントされ、経験値が確実に蓄積されていくのが分かる。


 ――レベルアップ。


 軽い振動と共に、視界の端で通知が弾けた。


 Lv2、Lv3、Lv4……。


 序盤特有のテンポの良さもあって、レベルは面白いように上がっていく。

 気づけば動きも洗練され、ゴブリンの攻撃を見切る余裕すら生まれていた。


 そして――


(……Lv8、か)


 戦闘開始から、だいたい一時間。

 うーん、順調といえば順調か。それにステータスの伸びも悪くない。


「ヤマトさん、すごいですね……!」

「いや、序盤だからだよ。ここからは徐々に鈍化するはずだ」


 そう返しながら、ふと違和感に気づく。


「……あれ?」


 思わず立ち止まり、改めて彼女を見る。


「プリシラ、お前……レベル、表示されてないな」

「え? そうなんですか?」


 彼女自身も不思議そうに首を傾げる。


 その瞬間、脳裏に鮮明に記憶が蘇った。


(……そういえば)


 ルシアをプログラミングしていたとき、NPCデータ構造を覗いた際、確かに“レベル”という概念が存在しなかった。


 彼女たちは数値で成長する存在じゃない。

 経験値も、レベルアップもない。


 あるのは――学習と変化だけ。


 ゾクリと背筋が震えた。


 レベル制限も、成長キャップもない。

 もし彼女が戦い続け、学び続けたとしたら――一体どこまで……


「……どうしました?」

「あ、いや……なんでもない」


 余計なことは、まだ言わないでおこう。


 ゴブリンソルジャー討伐のクエストも無事に終わり、完了の通知が表示される。

 草原には、夕陽が差し込み始めていた。


「……帰りましょうか」

「あぁ。初クエストとしては、上出来だな」


 並んで歩きながら、プリシラは興奮を隠しきれない様子だった。


「正直、戦うのが怖かったです。でも……ちゃんと、前に進めた気がします」

「最初は誰でもそう、怖くて当たり前だ。でも今日はよく頑張ったな」


 俺たちプレイヤーにとってはゲーム感覚かもしれないが、この世界で生きる彼女たちにとっては現実なんだから。


「でも私……、もっともっと強くなりたいです」

「その気持ちは分かる。だからこそ焦るな、順番がある」

「順番……ですか?」


 俺は小さく笑い、街へ続く道を見据えた。


「まずは、この世界の“流れ”に乗る」

「流れ……とはなんですか?」


 プリシラはきょとんとした顔で、俺を見上げる。


「――メインストーリーだ」

「メイン……ストーリー?」


 その問いに答える前で、俺は一度、言葉を切った。


 この世界の“本筋”。

 そして、まだ彼女が知らない――大きな運命の話。



「十二の国と、十二の王を巡る大冒険の話だよ」

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