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第5話:冒険者

 始まりの街の中心部。広場を抜けた先に、冒険者ギルドの荘厳な建物が構えていた。昼間だというのに内部は熱気で溢れている。新人冒険者たちのざわめき、受付に並ぶ列、奥では依頼を受けた者たちが談笑し、酒を酌み交わしていた。


 俺はその喧騒をまっすぐ突き進む。腰には、鋭い光を放つ――プリシラから託された双剣が下がっていた。


「分かった。ありがたくお受けしよう。ただし、この双剣だけだ」

「え、どうして……?」

「一度に二つの武器を扱うことはできないし、俺のクラスはシャドウ。つまり近接職だ」

「シャドウ……」


 ――シャドウ。


 それは、サービス開始前の事前登録期間に選択していたクラスだ。


 《アストラル・エコーズ》では、正式サービスの数週間前に一度だけ“初期クラス”を決めるタイミングが用意されていた。

 剣士、戦士、魔導士、神官、弓士――定番のクラスが並ぶ中で、俺が迷わず選んだのが、このシャドウだった。


 シャドウは近接職に分類されるが、真正面から殴り合うタイプじゃない。

 隠密行動、奇襲、背後攻撃、クリティカル補正。

 正面戦闘は不得手だが、その代わり“見つからずに終わらせる”ことに特化したクラスだ。


 ――暗殺者。


 その表現が一番しっくりくる。


 なぜ、このクラスを選んだのか。


 理由は単純だ。


(……目立つわけにはいかなかったからな)


 俺はこの世界で“最強になる”つもりだったが、同時に、余計な注目を浴びる気もなかった。


「いわば暗殺者だ。だから戦闘スタイル的に杖は確実に使いこなせない。気持ちだけ受け取っておくよ」


 そう告げたときのプリシラの表情が、目に焼きついている。一瞬だけ寂しそうに目を伏せた彼女。

 けれど、すぐに顔を上げて笑みを取り戻し、俺の選択を尊重してくれた。


 ――その強さが、余計に胸に刺さった。


 回想が途切れる。

 受付の前に立つ俺を、銀髪を束ねた受付嬢が見上げた。


「冒険者登録をご希望ですね?」

「……あぁ」


 登録は何事もなく完了した。

 証明用のカードを受け取ると、受付嬢が柔らかく微笑んだ。


「それでは……さっそくクエストを受けられますか?」

「……そうだな」


 しばし考えた後、俺はうなずいた。


 受付嬢は一礼し、奥の棚から依頼書を数枚持ってきた。

 だが、その表情にはわずかな困惑が浮かんでいる。


「……すみません。実は現在、冒険者の数が想定以上に増えておりまして……」

 差し出された依頼書に目を通す。どれも“推奨:パーティ”と記されていた。

 ソロ向けのクエストは一つも残っていない。


(どんだけボッチ多いんだよ……)


 思わず心の中でぼやく。

 受付嬢は困ったように続けた。


「一度、仲間を募ってから改めてお越しいただけますか?」

「……わかった、そうしよう」


 そう返事をして振り返った瞬間――冒険者たちの視線が一斉に逸れた。

 誰もが申し合わせたかのように、床や壁、依頼書へと目を落とす。


(……まさか)


 昨日の騒ぎが尾を引いているのだろう。

 プリシラを庇ったあの一件。

 セクハラしていた連中も、その取り巻きも、俺を見るなりわざとらしく声を張り上げた。


「おいおい、誰だぁ? あんな“NPCに入れ込んだ痛い奴”とパーティ組もうなんて命知らずは?」


 周囲の空気が、ぴりりと張りつめる。


「ダッハハハ! アニキ、やめてくださいよ! あんなのと組んだらこっちまで頭おかしい奴だって思われちゃうじゃないっすかー」

「そうそう。“同類”扱いはごめんだよなぁ?」

「ここにいる全員に忠告だ。平和にゲームがしたいんなら、コイツに近づくんじゃねぇぞ」


 下卑た笑い声が、冒険者ギルドの広間に転がる。

 それを聞いた冒険者たちは、ますます視線を逸らし、誰一人として口を挟もうとはしなかった。


 反論もしない。

 庇いもしない。

 ただ、見なかったことにする。


 助けの手を差し伸べてくれる者など――一人もいない。


「……一度出直す」


 受付嬢にそう告げ、扉へと歩き出した――そのときだった。



「仲間なら、ここにいますよ」



 澄んだ声に思わず振り返る。


 純白のローブに身を包み、大きな杖を抱えた少女――プリシラ。肩にかかるピンクの髪が揺れ、真っ直ぐな瞳が俺を見据えている。


「プリ……シラ?」


 どうしてここに。


「お、おい……あれ……酒場の店員じゃねぇか!?」

「あぁ? なんであんな恰好……ま、まさか冒険者になるつもりじゃ!?」


 ざわつきが広がる。

 NPCが武器を取ること自体は、あり得なくはない。街には衛兵や冒険者のNPCも存在するからだ。

 だが――昨日まで皿を運んでいた酒場娘が、この場で冒険者に転身するとは誰も思っていなかった。


 プリシラは動じずに俺のそばへ歩み寄る。


「私、ヤマトさんと共に戦います」

「えっ?」

「なので、パーティ……組みましょ♪」


 周囲が息を呑む。


「……ば、馬鹿な……NPCがパーティメンバーになるなんて聞いたことねぇぞ!」

「あいつ本当にNPCなのか!?」


 冒険者たちが一斉に「メニュー」と念じる。視界にシステムウィンドウが展開され、プリシラの体に淡い緑色の縁取りが浮かび上がった。

 疑いようもない――NPCだ。


「どうだ……?」

「ま、間違いねぇ……!」


 次の瞬間、俺の視界にも通知が走った。


 ――《プリシラがパーティに参加しました》


 光のエフェクトが俺とプリシラを包み、正式にパーティが組まれる。


 静まり返るギルド。冒険者たちの表情は驚愕と困惑、そして一部には羨望すら浮かんでいた。


「……NPCが……仲間に?」

「そんな仕様……どこにも書かれてなかったはずだぞ」

「いや、だからこそだ……。このゲームのエコーズAIってやつには、まだ誰も知らねぇ可能性があるってことだ」


 ざわつく声が渦を巻く中、プリシラは迷いなく俺の隣に立ち続けていた。

 その姿は、もはやただの酒場娘ではなく――“冒険者”としての光を帯びていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれプリシラ! 説明してくれなきゃ分からん、なんでここに来た? それにその杖……」


 俺は思わず声を荒げた。

 プリシラの両手にあるのは、昨日見せてもらった母の形見――大きな白銀の杖だった。


「ヤマトさんは、NPCを守るために冒険者になるって言いましたよね。……その姿を見て、思ったんです。私も、母や父のように“誰かを守るために”生きたいって」

「お前……」


 プリシラは杖をぎゅっと握りしめ、俺の目をまっすぐに見据えた。


「だから、私も戦います。――ヤマトさんと一緒に」


 ギルドが再びざわめきに包まれる。

 “NPCが戦う”“NPCがプレイヤーと並び立つ”――それはこの世界の誰にとっても想定外だったのだ。


「……でもプリシラ、お前は……NPCだ。わざわざ危険に飛び込む必要は」

「あります!」


 俺の言葉を遮るように、プリシラは強い声を上げた。その目には涙がにじんでいるのに、口調は決して揺らがなかった。


「ヤマトさん一人に背負わせたくないんです。ルシアさんのことも……あの子の両親のことも。私は知ってしまった。だから、もう目を逸らさないって決めたんです」


 胸の奥が熱くなる。

 この少女は――自分の意思で、俺と肩を並べる道を選んだのだ。


 周囲の冒険者たちが言葉を失う中、俺とプリシラだけが向かい合い、互いの覚悟を確かめ合っていた。




「で、では……プリシラさんの冒険者登録も無事に終わった事ですし、改めてクエストをお選びください」


 受付嬢の声は、まだわずかに震えていた。

 目の前で“NPCが冒険者登録をする”という前代未聞の出来事に立ち会ったのだから、無理もない。


 俺は用意された依頼書に目を走らせる。

 どれも初級者向け――魔物討伐や物資の護衛、薬草の採取といったものだ。


「よし、これにするか」


 俺はシンプルに“草原地帯に出没するゴブリン討伐”を選んだ。敵の数は三から五体。報酬は少ないが、初戦にはうってつけだ。


「ゴブリン……。えぇ、分かりました」


 プリシラは少し緊張した面持ちで頷く。杖を胸に抱き、呼吸を整えているのが分かる。


 受付嬢は慌てて手続きを済ませ、依頼書に刻印を押した。


「クエスト受注、確認しました。――どうかお気をつけて」


 俺とプリシラはギルドを後にし、街の正門を抜ける。


 街の門を抜けた先に広がるのは、果てしない緑の草原。

 空には白い雲が流れ、陽射しが降り注いでいる。遠くには点々と森の影が見え、ところどころに冒険者たちの姿があった。武器を構えて戦っている者、薬草を集めている者、仲間同士で談笑している者――この世界の息吹がそこにあった。


「これが……外の世界……」


 プリシラは小さく呟き、風に揺れる草原を見渡した。

 その横顔は、不安と期待の入り混じった輝きを帯びている。


「……緊張してるか?」

「はい。でも……ヤマトさんと一緒ですから」


 そう言って微笑むプリシラに、胸がざわついた。

 俺は双剣の柄を握り、遠くに見える小さな影――ゴブリンの群れを見据えた。

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