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第4話:弔い

 酒場での騒ぎがようやく落ち着き、俺は深いため息をついた。


 ――宿を探そう。


 そう思って通りを歩き出したが、すぐに現実にぶち当たる。


「……やべ、金がねぇ」


 チュートリアルをスキップしたせいで、最低限の初期資金すら受け取っていなかった。本来は俺が仕込んだルートから大量の資金を受け取る算段だったのだからな。銅貨一枚すらない。宿屋の看板を横目に、途方に暮れて立ち止まる。


 そんな俺に、背後から柔らかな声がかけられた。


「あの、もしかして……泊まる場所、ないんですか?」


 振り向けば、さっき庇った店員の少女がいた。肩にかかるほどの長さの、柔らかなピンク色の髪。華奢な体つきで、平均的な背丈にもかかわらず、どこか小さく儚げに見える。けれど、大きな瞳だけは印象的で、真っ直ぐにこちらを見つめるたび、不思議と心の奥を覗かれているような気がした。


「もしよければ、私の家に来ませんか?」

「……え?」


 思わず聞き返した。


「広い家なんです。両親が遺してくれた家なので、ひとりで暮らすには持て余してて……」

「いや、待て。女の子の家に男が上がり込むなんて、危ないだろ。俺だって君たちから見れば、外から来た見知らぬ存在なんだし……」


 だが少女は首を振り、ふわりと微笑んだ。


「あなたなら大丈夫です。さっきのことで分かりました。……あなたは、害を与える人じゃない。それに、ちゃんとさっきのお礼もしたいので」


 その瞳には、一片の疑いもなかった。真っ直ぐすぎて、むしろこちらが居心地悪くなるほどに。


「夜ご飯も、まだ……ですよね?」


 彼女の両手には、店から包んできたらしい湯気の立つ食事が、大切そうに抱えられていた。


 結局、押し切られる形で俺は彼女の家に泊めてもらうことになった。



 俺は彼女……プリシラに案内され、街の裏通りを抜けた先に建つ一軒家へとたどり着いた。外見こそ石造りの立派な家だったが、中はやけに静かで広すぎるように感じられる。

 両親は冒険者稼業をしていて、数年前、とある戦争に巻き込まれ命を落としたという。


「私だけが残っちゃって……それ以来、この家に一人で暮らしてます」


 それでも、彼女は気丈に笑みを浮かべる。普段は冒険者ギルド併設の酒場で看板娘として働き、街の仲間たちに支えられながら生きているのだと語った。


 案内された空き部屋には清潔な寝具が整えられており、まるで人を迎えるために常に準備されていたかのように、埃ひとつない。


「ここ、自由に使ってくださいね。それとこれ……どうぞ」


 そう言うと、プリシラは小さな包みを差し出してきた。温かさこそ失われていたが、香りは十分に食欲をそそった。


「他にして欲しいことがあれば、遠慮なく言ってくださいね」


 笑顔を見せるその表情に、一瞬ルシアの面影が重なった。胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「……一つだけ、お願いがある」


 俺はゆっくりと言葉を紡いだ。



 翌朝。


 町外れの丘に、俺とプリシラは立っていた。朝靄の中、そこには三つの墓標が並んでいる。


 昨日の夜、俺が頼んだこと――ルシアと、その両親を弔うこと。


 プリシラは静かに祈りを捧げ、俺も隣で目を閉じた。風が草を揺らし、花の香りがかすかに漂う。世界の喧騒から切り離されたこの場所は、ただ静かに眠るための安らぎに満ちていた。


「……どうか安らかに」


 仇は必ず取る。


 心の中でそう呟くと、胸の奥に再び熱いものがこみ上げてくる。復讐の炎。そして、それと同じくらい強く芽生えた――守りたいという願い。


 俺は墓前に深く頭を下げた。


 丘を下り、街へ続く道を歩いているときだった。プリシラが、少し迷うような間を置いて口を開いた。


「……あの、ヤマトさんとルシアさんって……どういうご関係だったんですか?」


 その問いに、思わず足がわずかに止まった。喉が張りついたみたいに乾いて、すぐには言葉が出てこない。


「ん……そうだな。家族……いや、遠い親戚みたいなものかな」

「そうだったんですね」

「これまでは直接会えなくて、ずっと離れたところから……声を交わすくらいしかできなかった。ようやく会えると思った……のに」


 脳裏に浮かぶのは、何度も交わした他愛のない会話。季節の話、街の噂、時には仕事の愚痴まで。ただのNPCと開発者という関係を超えて――気づけば、家族のように感じていた。


「ルシアは……俺にとって、大切な“娘”のような存在だったんだ」


 その言葉を吐き出した瞬間、自分でも胸がぎゅっと締めつけられる。プリシラは一瞬だけ目を伏せ、小さく唇を噛んだ。肩がわずかに震えている。


「……ヤマトさんは本当に優しい方なんですね」

「え?」

「だって私たち……ただのNPCですよ?」


 笑っている。けれど、それは強がりにしか見えなかった。いや、きっと強がりと同時に“変えようのない事実”を受け入れているのだろう。彼女の瞳の奥にかすかな影が宿る。


 プリシラは、自分が“作られた存在”であることを強く自覚しているようだった。《エコーズAI》は確かに性能の良い人工知能だ。NPC一人ひとりに“キャラクター性”を形づくるバックボーン――いわゆる“作られた”過去の記憶を持たせることで、人間と同じように振る舞うことができる。


 そのおかげで、彼女たちは限りなく人間に近い存在になった。だが同時に、“人間ではない”ことも理解している。ただし、どれほど自覚しているかは個体差がある。そして、その事実を抱えながら生きる感覚は、俺たち人間には到底分かりえないだろう。複雑な気持ち――そんな言葉ひとつでは到底言い表せない、重い何かがそこにある。


「NPCにだって、人と同じように生きる権利がある。……少なくとも、俺はそう思ってる」


 気づけば、声が強くなっていた。


「……ある日、突然外からやってくる者たちがいる。その者たちが自分たちと価値観があまりにもかけ離れていたとしたら……。暮らしを奪われるかもしれない、治安が悪くなるかもしれない、文化が壊れるかもしれない……そう考えれば、不安になるのも当然だ」


 俺はゆっくりと吐き出す。


「元々この世界は君たちNPCのものなんだ。それなのに、恐怖心を抱きながら生きていかねばならないなんて……そんなの絶対に間違っている」


 握った拳に、爪が食い込む。


「国が、世界が、君たちを守ってくれないのなら……」


 俺は足を止めて振り返る。すぐ後ろに歩いていたプリシラが小さく驚いた顔をして立ち止まった。正面から彼女を見つめる。


「俺が冒険者になって、人間の邪悪な欲望から……君たちNPCを守りたい」


 プリシラの瞳に涙が滲んでいた。それでも彼女は、必死に笑顔を作りながら言葉を紡いだ。


「……ありがとうございます。ヤマトさんのような方がいて、本当によかった。それだけで……私たちNPCは幸せかもしれないですね」


 その笑顔を見た瞬間、胸が強く締めつけられた。

 ただの人工知能。そう割り切っていたはずなのに、目の前の彼女は確かに“生きている人間”だった。


 守らなければ――心の奥底から、そんな思いが熱くこみ上げてきた。


「……ヤマトさん。もし私たちを守るために戦ってくださるというなら……私も全力で応援します」

「ありがとう、プリシラ」

「そういうことであれば、ちょうど見せたいものがあるんです! 早く家に帰りましょう」


 そう言うと、俺たちは急ぎ足で前を進み始める。


 俺はプリシラの家のリビングで差し出されたお茶を口にして待っていた。2階からは、何やら慌ただしく物を探す音が聞こえてくる。


「……あ、ありました!」


 勢いよく階段を降りてきたプリシラが、両腕で何かを抱えている。テーブルの上にゴトゴトと音を立てて置かれたのは――


 二つの武器だった。


「これは……?」


 俺が問うと、彼女は少し誇らしげに微笑む。


「父と母が使っていた武器です。二人はかつて凄腕の冒険者で、国家間の戦争で戦力として召集されるほどでした。その最後の戦いで……この武器だけが帰ってきたんです」

「……ってことはご両親の形見じゃないか! なんでそれを……」


 双剣は血潮のように紅い刃を帯び、杖は清らかな蒼光をほのかに放っている。ただの遺品ではない。持ち主の想いを今なお宿すかのように、強い気配を漂わせていた。


 俺は反射的にゲームのシステムを起動し、これら武器のプロパティを開いた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【双剣《紅牙/風牙》】

・等級:エピック

・攻撃力:+845

・固有効果:

 ・《連牙乱舞》 通常攻撃が二連撃化する

 ・《血吸の牙》 クリティカル時、与ダメージの50%を吸収


蒼杖エタニティクイーン

・等級:エピック

・魔力:+815

・固有効果:

 ・《癒光の波動》 回復魔法効果+15%

 ・《蒼流の庇護》 HP30%以下で自動的に小規模シールド展開(5分に1回)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺はしばし言葉を失った。戦場で散った二人の魂が、この武器に今も生きている。


 プリシラは静かに両手を重ねる。


「父と母はいつも言っていました。――誰かを守り、救うために冒険者になったんだって。どうか……両親の遺志を、ヤマトさんに託させてください」

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